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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

最近、いろいろと煮詰まっている。
薬もぜんぜん効かないし、何をどうしたらよいやら、ずっと悩んでいる。心理ワークショップのお誘いを受けて、そのお世話にもなっているが、他に何ができるだろうか、考えてきた。体も動かしたいが、なかなか外にも出られない。

10年以上前から自分が鬱であることをオープンにしている自分には、「実は自分も鬱です」と打ち明けてくれている人がけっこういる。今でこそオープンにしている人も増えてきたが、他の人には秘密、という人もまだまだいる。沢山の人の秘密を抱えているのだが、それはそれでけっこうしんどい。

しかしまあ、裏を返せばそれは仲間がたくさんいる、ということでもある。そして、今では回復して通院しながら仕事を続けている人もいれば、通院する必要もない状態まで回復した人もいる。

そしてふと思った。そうやって良くなった人は、普通に通院する以外に、いったいどういうことを試してみたのだろうか。それを聞いてみよう。いろいろな人の話を改めて聞いてみると、何か自分のヒントになるものがあるかもしれない。

沢山の人に一度にメールをすると、返事を書くのがプレッシャーになるかもしれないので、とりあえず2人にメールしてみた。そのうち1人の女性とはいろいろやり取りがあったのだが、そこでひとつ、大きなヒントをもらった。

彼女の場合、旦那は病気ではなく(と言うか二人とも病気な自分たちがレアケースか)、鬱に対して一般的な理解はあるが、つらさや気持ちをわかってもらうのは難しかったとのこと。まあ、それはそうだろうと思う。自分も鬱のしんどさを言葉で伝えることはどうしてもできない。一緒に住んでいたとしても、やはりわかってもらうのは難しいだろう、と思う。

そして、その次の一文が自分にとって目から鱗だった。

「家事や買い物はまったく苦にならないらしく率先してやってくれるので、途中からは病気のことをわかってもらうよりも得意な方面で助けてもらうように切り替えました。」

ふむ。

自分、家事はほとんど妻に頼りきっている。
妻も病気なのに、任せっきりである。

ご飯を作っていてしんどそうなときは、時々手伝ったり、簡単なものなら自分で作ったりする。食事の後で妻がしんどくなって寝ている時には、後片付けをやったりする。妻は起きてきてから「小人さんがやってくれたのかしら」ととても嬉しそうに言う。

それでも、ときどき、

「もっと部屋もきれいにしたいし、やりたいこともたくさんあるのに、しんどくて掃除が行き届かない」

と泣いていることもある。

なぜ自分が手伝わない?

今さらながらそう思った。

それで、昨日妻に「何かやることある?」と聞いてみたら、

「山のようにある」

とのこと。とりあえず、ガスレンジの周りをずっと前から掃除したいのに、手をつけていない、というので、キッチンクリーナーでガーッと拭いてみた。割ときれいになった。ちょっと達成感を感じた。

そして妻は、ものすごく喜んでくれた。

まだお手入れ用の洗剤も買ってなかったので、その日のうちに妻はマジックリンを買ってきた。

今日、時間をかけてごとくやらグリルやら全部ばらして、つけ置き洗いし、レンジをピッカピカに磨いた。

気持ちがいいほどきれいになった。自分は大きな達成感を感じた。妻は感動していた。

外に出られない、とうじうじしていたが、家の中でもできることはいくらでもあるではないか。そして、妻を楽にさせてあげられるではないか。なぜ今まで気がつかなかったのか。なぜ今までやらなかったのか。

やり過ぎて疲れてしまうと、かえってよくないかもしれないので、毎日疲れない程度に、少しずつ妻のお手伝いをすることにした。小さくて大きな目標である。

その後、妻と一緒に買い物に行き、一緒に夕食を作った。そう言えばまだ妻が通い妻だった頃は、二人でスーパーに行って夕食の買い物をしたものだった。ただ、そのときも作るのは妻だけで、私は待っているだけだった。ふたりで一緒に作るのは、なかなか楽しい。

あれ、そう言えば自然に外に出られたよ、今日は。

まず自分にできること、それは案外近くにあった。


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