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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

また同じパターンだ。寝付くのには少し時間がかかって、夜中に何回も目が覚めた記憶がある。何度も「まだ夜か」「まだ夜か」と思った。昨日と同じことを書いている。たくさん夢を見た気がする。途中で一回時計を見たが何時だったか忘れた。目が覚めたと言ってもはっきり覚醒しているわけではないのだろうか。

時計を見たら5:55。昨日と同じだ。起きて洗面をすまし、着替えた。隣のベッドのSさん曰く、「Kさんの目覚ましが3:30に鳴って起きちゃったよ。それから眠れなかった」Kさんは一番奥の女性の部屋で、ここからは離れているが、そんなに大きな音で鳴ったのだろうか?私はぜんぜん気がつかなかった。そう言えば昨日も夜中の3:00頃に同室のRさんが床頭台をがたがたやっていて、Yさんが「うるさい!」とどなったらしいが、私はぜんぜん知らなかった。ぐっすり寝ていたのだろう。けっこう熟睡しているようだ。その割に昨日は昼間眠たくなったぞ。本当にちゃんと眠れているのだろうか。

メールチェックすると31通。うひゃぁ。読んでいくと、やはり山岳会関係のMLが多い。もう明日から会のお祭りなので、その連絡が飛び交っている。ジョイントコンサートをやったグループの集まりのMLもいつもより少し多い。

N看護士が脈を計りましょうと言うので計ると91。朝からこの数字はやはり高い。「前の自分の脈拍と比べると明らかに速いんです」そう看護士に訴えておいた。

洗濯機に洗濯物を放り込んでから朝食を済ませ、「キリマンジャロ」をいれる。う~ん、うまいと言えばうまいが、この間の「オリジナルブレンド」の倍の値段を払うほど味の違いがわかるわけではない。今度からは安い豆でいいや。ストップウォッチで時間を計りながら、ちょうど洗濯機がすすぎの注水の時間になったのを見計らって、またバケツで水を汲んで入れる。バケツを3つ使うととても効率的だ。コーヒーを飲んでいる途中だったので、飲み終わって新聞をぱらぱらと見たところで洗濯がちょうど終了する時間だったので、洗濯物を取り出して干しに行った。今日は風呂は午後の一番だが、昼までにバスタオルが乾くかな?

その後はいつもの通り音楽堂でオカリナを吹いて帰ってきた。行くときも帰るときもグランドのベンチでSさんがぼ~っとしていた。鬱状態で散歩する気力もないが、外に出てたそがれているらしい。Sさんはここのところずっと調子が悪そうだ。大丈夫かな。

作業棟へ行っていつもの通り基礎データを計る。お、64.8kg。今度ははじめから65kgをきった。体脂肪率も19.3%と低い数字が出た。いい傾向だ。体力テストをやり、10分インターバルをおいて30分の一般トレーニングを行う。

漕いでいる途中で眼鏡の右のレンズが落ちてしまった。あ、と思って眼鏡を見ると、フレームを止めるネジの部分がはずれてしまっている。幸いネジはフレームに引っかかって残っているので、よかった、ネジさえ残っていれば締めればいいや、と思って気にせず漕ぎ続けた。

漕ぎ終わった後、どうやってネジを止めようか考えたところ、この作業棟にはいろんなものがあるので、小さなドライバーもあるかもしれないと思って作業療法士に聞いてみたところ、案の定マイクロドライバーがあったので貸してもらった。それでネジを留めようとしたが、いくらまわしてもすぐに外れる。おかしいな?と思ったら、ネジをまわさなくてもすかすかにネジ穴に入るではないか。どうもネジ穴自体がバカになってしまっているらしい。あちゃ~、これは直るんかいなと思いつつ、眼鏡がないと不便なので、Wさんの「事情を説明して今日の午後から眼鏡屋に行かせてもらったらどうですか」というアドバイスを聞いて、そうしようと思い、トレーニングは切り上げて病棟に戻る。

病棟に戻って事情を説明したらOKが出たのでその場で外出届を出す。看護婦さんがセロテープでフレームを固定してくれて、ネジはなくさないようにビニール袋に入れてセロテープで留めてくれた。なおるかなぁ。

この眼鏡を買った店のチェーン店が車で15分ほどのところにあるという。ちょうど昼からYさんが外泊で、しかもリハビリでちょっと遠くの病院に通院するために車の使用を許可されているため、車で出るそうなので、乗せていってもらった。事前に電話でその店にこの眼鏡のフレームの在庫があるか調べてもらったら、色違いならあるという。直らなかったらフレームだけ取り替えることにしようと思っていたが、行ってみて見せてみると、一回り大きなネジでなんとかなりそうだという。改めてネジ穴を切り直してもらったところ、見事に直った。よかったよかった。ただし、強度は少し落ちるという。穴を大きくした分、周りの金属部分が薄くなったせいだ。それはまあしかたがないだろう。念のために今度家に戻ったときにスペアの眼鏡を持って来よう。

車で駅まで送ってもらい、せっかく出てきたのでそこでぶらぶらする。その後はバスが出るまで時間があったので、駅ビルの上の本屋でぶらぶらする。「マーフィー自分に奇跡を起こす心の法則」を買った。最初のページに「この本は、あなたの内にある潜在意識の力を日常生活の中で十分に発揮し、実際に利益を得る方法を教えてくれます。また、生きていく上で出会うさまざまな問題を乗り越えていくにはどうすればよいか、明快な答えを授けてくれます」という文章に、自分が考えていることに近いことが書いてありそうだ、と思ったからだ。「自分の潜在能力」それは自分にもあると信じているし、それを引き出すための方法を模索しているところだから。

病棟に戻り、なんだかんだしているうちに時は過ぎ行く。本の続きは読めなかった。何をやってたっけ?風呂に入ったのと、そうそう、かなり長い時間をかけて、同じ悩みを持つ女性へのメールの返事を書いていた。かなり長い文章になってしまった。今度遊びましょうと約束した。会ってくれるかな?

夜は日経バイトを読み進めた。7月号を読み終えて8月号に入る。PtoPの記事はおもしろかったが、なかなか課題があって難しい。技術的には問題がないのだが、著作権などの法的な問題をどうクリアしていくのか、これからの展開がみものだ。7月号をゴミ箱に捨ててタバコを一服吸ってると、看護婦が新しく届いた日経コンピュータを持ってきてくれた。読んでもまた来る雑誌かな。もう20:20だが、これから就寝準備をしてマーフィーの奇跡の法則でも読むか。

昨日と同じだ。寝付くのに時間がかかり、夜中は以前よりも目が覚める回数が多くなった。だが、熟睡感はある。「かなり眠ったな、そろそろ朝か」と思って時計を見るとまだ2:00だった。その後も何回かうっすらと目を覚まして「まだ夜か」「まだ夜か」と思った記憶がぼんやりとある。でもそこそこ深くは寝ていたようだ。6:00前にみんながしゃべりだしてからかどうかわからないが、その時点で目が覚めていたので5:50に起きて洗面に行った。

上の文章を書いてメールチェックしたら、25通も来てた。なんで一晩でこんなに来るんだ。今から読むとするか。ほとんどが山岳会のMLと、夏にやったジョイントコンサートのメンバーを中心としたMLだ。自分もうつ病だという知り合いの女性からもメールが来ていた。もう何人目だろう。

朝食をはさんで同じうつ病の知り合いに返事を書く。彼女も同じような悩みを持っているようだ。けっこう長いメールになってしまった。書き終えてから散歩に行き、音楽堂でオカリナを吹いて帰ってきた。

今日の体育館レクは、ドッヂボールの後、卓球とバドミントンだった。11月22日に卓球大会があるので、それに向けて卓球の練習だった。はじめて体育館で卓球ができてうれしかった。広いとやはり動き回れるし、後ろに下がってロビングをあげたりできる。最初は違和感があってなかなか勘が戻らなかったが、あとからはばしばしスマッシュが決まった。I看護士と試合をして、2-0で勝った。元卓球部のS君もSさんもいるし、うちの病棟は結構強いぞ。

午後からずっと日経オープンシステムを読み続け、10月号を読んでしまった。日経オープンシステムは全部読んでしまったので、今度は日経バイトを読み始める。これは6月号からだ。それも読んでしまった。残るバックナンバーはあと数冊だ。と言っても次から次へと新しいのは送られてくるだろうけど。まだ読んでない文庫本もあるし、読みたい本で買ってないのもあるし、勉強したい技術はたくさんあるし、やることはたくさんある。

夜はまたまた卓球。Kさんはだいぶ上達してきた。Fさんが「やったことないので教えてください」と言ってきたので軽く相手をして、ちょこっと教えてあげた。サーブは普通に打てるのに、フォアは全然反応できない。バックはかろうじてボールに当てることができる程度なので、「まっすぐ前に押し出して」などとアドバイスする。卓球やったり「クイズミリオネア」を見たり、忙しかった。そのうちに20:00を過ぎたので病室に引き上げてきた。これから就寝準備をして、次は日経バイトの7月号でも読むとするか。

寝薬が減ったのはいいが、夜中に目がさめる回数が増えてしまった。目がさめると言っても、ぱっちり目がさめるわけでもなく、そのまま寝られなくなるわけではないが、「まだ夜か」「まだ夜か、朝まで長いな」とぼ~っと思ってまた寝てしまう、というのが何度かあった。ただ、眠りが浅いわけではなく、そこそこ深く眠れた気はする。一度時計を見ると4:00過ぎだった。その後もう一度寝て、何度か目をさましかけたあとに、ざわざわしてきたので時計を見ると6:00前だった。今日は採血、採尿だったと思い出し、採尿コップを持って起きてきた。今日はあっさり起きれた。

通常の検査に加えて甲状腺ホルモンの検査と抗原検査があるので、5本も血を取る。多いなあ、何回刺されるんだろうと思ったら、一回で済んだ。すんなりと血が出ていく。H看護婦もうまい方だな。採血のあと、その足で体重を計ってみると64.5kg。体重は少しずつ減っている。病室に戻って着替えて洗面し、この日記を書いているところでI看護士が来て脈を計っていった。80だった。朝から80と言うのは私にとってはやはり高い。

メールチェックすると17通も来ている。そのうち15通が山岳会のMLだ。会の祭りが近づいてきたのと、お試しの会員の自己紹介などでにぎわっている。こういうメールを読んでいると、もう自分は取り残されたような気がして寂しい。クライミングにしてもみんなどんどんレベルアップしているようなのに。

朝食後、シーツ交換を済ませてからオカリナを吹きに音楽堂へ行く。今日もギャラリーはいないので、思う存分吹いてから帰ってくる。戻ってきて外出の準備、はすでにしてあったから外出届をもらって外出。家に戻ってちょこっとだけ片づけをして帰って来よう。

家に帰ったら、まず「入院前からたまっている流しの洗い物」に取りかかる。う~ん、すごい。カビだらけだ。必死に洗う洗う洗う。こするこするこする。なんとかきれいにしたものの、鍋の底についた紫色のカビがどうしてもとれない。どうすればとれるかわからず、煮沸消毒してみようと思って鍋に水をいっぱいにし、洗剤を入れて火にかける。沸騰して吹きこぼれそうになったところで弱火にしてそのまま置く。その間に「入院前からたまっているたたんでない洗濯物」をたたもうとしたが、長い間床に放り出しておいたままなので、もう一回洗い直した方がよいと思い、洗濯機に放り込む。そして前の外泊で洗濯して乾燥機に放り込んでおいた洗濯物を出してたたみ、整理する。

その他は、「捨ててもいい」あるいは「明らかにゴミ」と判断できるもので目についたものをどんどんゴミ袋に入れていく。家計簿ソフトに入力するために、クレジットの明細を整理して直近のものをデイパックに入れる。こういう明細の類もずっと前から整理せずにぐしゃぐしゃに置いてあるが、とりあえずクレジットの明細だけ今日は整理した。他の電話料金や電気代は今度にしよう。やっているうちに病院の領収書を発見した。今年の分だ。この分だと他にもどこかに埋もれている領収書があるかもしれない。

それから、今週の日曜日に友人の女の子の送別会&結婚祝いの食事会があるので、その場所をネットで調べて地図を印刷したり、山岳会の掲示板に書き込みをしたりしているうちに時間は過ぎ、洗濯が終わったので乾燥機に放り込む。これが終わるのを待っている時間はないので回しっぱなしで家を出る。

昼食を摂ってコーヒーショップに寄り、コーヒーの豆をその場で挽いてもらって買う。ちょっと値が張るが試しにキリマンジャロを買ってみた。どれだけ自分が味の違いがわかるなあ。わからなかったら今度からは安い豆でいいや。

バス停に着いて病棟に戻ろうとしたところ、グランドを突っ切ろうとしたらグランドでソフトボールをやっているのが見えた。よく見るとうちの病棟の連中だ。N看護士が一緒にやっている。私を見つけて「やあ、一緒にやる?」と言うので「やりますやります」と言って急いで病棟に戻り、外出届を返して病室にデイパックと上着を置いてまたグランドに走っていった。フリーバッティングを10本、その後守備をやった後、また5本売った。今日はけっこう当たりがよかった。勘が戻ってきたようだ。少し疲れて帰ってきたが、いい運動になった。発散できてよかった。

戻ってからN看護士が風呂に入らせてくれた。家で入って来ようと思って忘れていたのでよかった。

夕食の10分ほど前、「病棟の担当医、及び婦長からお話したいことがありますのでホールにお集まりください」と放送が入る。集まって話を聞いたところ、毎日の連絡会で患者の意見を吸い上げているが、そのときは准夜勤の2名しかいないので、話が上までちゃんと伝わらないことが多く、直接婦長とここの病棟の担当医を交えて話し合う場を設ける、という話だった。それは毎週火曜日の13:30から行うことにし、毎日の連絡会は廃止するという。今まで連絡会で伝えていた当番や検査などの伝達事項はあらかじめ個別に本人に伝えると言う。これはいろんな人が「いつまでたっても修理されない空気清浄機」に文句をつけたりした結果、そういうことにしたらしい。火曜日の「患者懇談会」は月曜日に司会を看護婦が誰か患者から選出し、「患者主体」で進めて行きたいとのことだ。直接婦長や医者に生活環境などについての意見を言える場ができたのはいいことだが、Qさんは「私ごとだけど、毎週火曜日はミーティングで外出するので、自分が言いたいことを誰かに伝えたいときのジョイント役を明確にしてほしいし、そこでどういう議題があってどういう内容の話がされたのか、後からきちんとわかるようにしてほしい」と意見した。それはもっともだろう。それをどうするかも議題になるかもしれない。

夜はそのQさんと延々と話をした、というかQさんの話を延々聞いていた。この人も喋り出すと止まらない人だ。いろいろな仕事の経験話を聞いているとおもしろい。いわゆる、いろいろな「現場」で働いていた人の話はなかなか聞く機会がないから、リアリティがあっておもしろい。電力会社の鉄柱を立てる仕事の話など、おもしろかった。

S君と卓球やったり、また喫煙所で話をしているうちに20:00になり、さっさと病室に戻って就寝準備をしてしまった。メールチェックして、今は20:20。就寝時間まで日経オープンシステムでも読もう。明日は体育館レクだ。

朝、また起きれなかった。起床の放送が入って目がさめたが、体は重い。なんとか少しずつ「目覚めのヨーガ」をやって体を動かしていったが、途中で挫折してまた寝てしまった。ラジオ体操を知らせる放送でまた目がさめたが起きれず、服薬の放送でも起きれず、結局T看護婦が病室まで呼びに来たとき、なんとか伸びをして起きることができた。寝付きは、まあ悪くはなかったんじゃないかと思う。夜中もほとんど目を覚ました記憶がない。

喫煙所で一服した後、新聞を見ようとテレビのコーナーに移動する。1ヶ月近く前に入院した女性のTさんと話をする。Tさんとは今朝も洗面所で話をした。20代後半か30代前半だと思っていたら、明日で39歳になるという。若く見える。「私、まだ少女なんです」彼女は言う。「15歳のときと、25歳のときに、男の人に変なことされたんです」彼女は突然喋りだした。どうやら15歳のときに同級生か誰かから性的な行為をされてびっくりしたらしい。それから25歳のときにつきあっていた男性が、変態的な性的要求をして、嫌なのになすがままにされていたと言う。変態的な、というのは女性器を30分くらいなめられたとか、精液を顔にかけられたとか、どこでもかまわずキスをしたがるとか、そういうことらしい。それで彼女は男性不振に陥ってしまったらしい。でも、私とは普通に話をしている。「ここのお兄さんはいい人ばかりですね」以前にも彼女はそんなことを言った。「本当に男らしくて、一本筋の通った人って、世の中にいるんでしょうか」そんなことを言うので「そりゃあ、いくらでもいるでしょう」と答えるが、果たして本当に「いくらでもいる」のかな。最近は「一本筋の通った」たくましい?男性は減っているのかもしれない。「一緒に頑張りましょう」お互いにそう言う。

その後、音楽堂へ行ってオカリナを吹いていると、Hさんが来て少し離れたところに座った。一曲吹き終えて私が「おはようございます」と挨拶すると、向こうも挨拶して「どうぞ気にせずに吹いてください」と言うので、適当にいろいろ20分ほど吹く。今日は作業療法なのでそろそろ戻ろうかな、と思って「もう戻りますけど」と声をかけると、「一緒に戻っていいですか?」と聞いてくるので一緒に歩く。今日は賛美歌を歌いに来たのかと思ったら、私が出ていくのが見えたので、うちの下の病棟の彼女が追いかけてきたらしい。いつの間にか私のオカリナのファンになってしまったのか?ちょっと嬉しい。

作業棟へ行っていつものメニューをこなす。今日はWさんは外泊でいないので、壊れていない方のマシンを使う。体力テストは「6段階中の3。普通」で、最近はコンスタントに3が出るようになってきた。この間喘息が出た件で内科医と面接するため、トレーニングは30分1セットで切り上げたが、消費カロリーが190kcalを超えた。今までの最高記録だ。

昼食時、院内のミーティングから帰ってきたKさんがいきなり苦しみだした。ものすごい勢いでぜいぜい息をしている。看護婦が来て「ゆっくり大きく深呼吸して」と言い、ナース室に連れていき、ビニール袋を口にあてる。どうやら過呼吸らしい。その後処置室に連れていかれた。昼食が終わって一服し、戻ろうとすると、立ち直ったらしいKさんが食事をしようとしている。「大丈夫ですか?」と聞くと「過呼吸だった」と言う。どうやら発作は治まったらしい。話を聞くと、ミーティングで子供のことやらいろいろ考えることがたくさん出てきて、頭がそれらでいっぱいになってパニックになったらしい。精神的な原因で過呼吸が起こるらしい。隣のベッドのSさんは「Kさん立ち直りが早いなあ」そう言うので「Sさんも過呼吸になるんですか?」と聞くと、「俺の場合は職場に行くとああなる」と言う。Sさんの場合はそういう状態になると、「いきなり注射」らしい。つまりKさんほど立ち直りは早くなく、病院に連れて行かれて注射されて治まるらしい。やはり精神的なことが原因なのだろう。

日経オープンシステムの8月号を読み終え、9月号を読み始める。いくつかの小記事を読み終え、特集記事「2001年版モバイル・システム構築法」を読もうとしたところで休憩する。ホールに出てタバコに火をつけ、一息吸ったところで「雨が降ってきてるらしいよ」とIさんに言われる。中庭を見ると下の病棟の人たちが洗濯物を取り込んでいる。あわてて私もダッシュして洗濯物を取り込んできた。まだ少し冷たくて生乾きなのと、少し濡れてしまったので30分だけ乾燥機に放り込む。

その後もシャワーを挟んで日経オープンシステムを読み続け、16:00少し前に主治医から呼ばれて面談する。「普通の日常生活レベルの外泊」をして、やはり鬱が出かけたことを話し、その原因がどうも「散らかった部屋」にあるらしいこと、その部屋にいるだけでストレスが溜まるので、これから毎週外出という形で「少しずつ片づけに」家に戻ることを考えていることを話した。医者も賛同してくれて、「いっぺんにやり過ぎずに、今日はどこまで、というのを決めて少しずつやったらいいですよ」と言ってくれた。とりあえず明日はその一発目だ。どこから手をつけようか。とりあえず「入院前からたたまずにくしゃっと置いてある洗濯物」と「入院前からそのままになっている洗い物」を片づけるか。とりあえずそれだけにしておこうかな。それだけだとすぐに済むかもしれないので、「余裕があれば、ゴミとして出せるものをピックアップ」しよう。

それから、やはり眠剤が効きすぎて今朝も起きられなかった件を話すと、だいぶ様子を見てきたので、少し薬を減らしましょう、ということになって、眠剤代わりに飲んでいたメジャートランキライザーを減らすことになった。

面談を終わったら16:10くらいだった。夕薬を飲んでリラックス体操&自律訓練法。いつものパターンだ。

その後はずっと日経オープンシステムを読み続ける。夕食と連絡会の時間以外、読むのに没頭してしまい、9月号を読み終えたらもう20:20だ。一気に読んでしまった。う~ん、首と肩が凝った。そろそろ着替えて就寝準備をしよう。明日は部屋の整理のために外出する。少しずつ、あせらないようにしよう。採血、採尿があるので早く起きないといけない。看護婦が起こしてくれると言うが、起きれるかな?

目が覚めると7:00だった。結局昨日は22:30くらいに寝たのだが、寝るときは喘息で苦しかった。が、寝付くのには時間はかからなかったようだ。夜中一回目を覚まして、今度は病院にいる錯覚をしたような気がして、ああ家に戻ってるんだ、そう思い出した記憶がある。

割と頭はすっきりしているな、と思ってメールチェックしたり昨日買ってきた菓子パンを食べたりしているうちに、また少し頭にもやがかかりだしてきている。「また寝たい」が出て来ている。やばい、このまま寝るとまた鬱だ。踏ん張らねば。でも、あえて「もう一度寝てみる」とどうなるか試してみたくもある。単なる寝不足なのか、鬱なのか。

9:30になった。電気代節約のため、不要なコンセントは元から抜き、冷蔵庫も切った。そろそろ病院に戻る準備をしよう。今日は昼までに戻るつもりだ。

なんとか家を出て電車を乗り継ぎ、今は車中の人だ。やはり頭はぼ~っとしている。あまり調子はよくない。どうも外泊はまだうまくいかない。病院にいれば今の時間にはもう頭がしゃっきりしているのに。散歩してみたりいろいろ試してみればよかったかな。でも、起きた後の「鬱に入りそうな感覚」は病院では襲ってこない。外泊したときに襲ってくる。なぜなんだ。

病院の最寄り駅に着き、バスの発車時刻までかなり時間があるので、駅ビルのスーパーをうろうろする。洗剤と500mlのペットボトルを5本買った。安いのを買いだめしておくと少しでも得だろう。洗剤も今までは旅行用の1回分が1パックになったものを使っていたが、多分コストパフォーマンスが悪いだろう。普通のサイズのやつを買った。床頭台には入らないかもしれないので、ベッドの下にでも置こう。

その後100円ショップに入ってうろうろする。床頭台の上と引き出しはプラスチックの箱を使って整理できたので、今度はその下の物置場を整理したいと思って、手頃な大きさの箱を買った。

バス停でバスを待っているとKさんに会った。会った瞬間、「疲れてるでしょ」と言われた。そんなに疲れた顔をしていたのか。Kさんは明日娘さんの誕生日だそうなので、プレゼントを買って宅急便で送るために外出しているところだそうだ。

病棟に戻ってくる。ナース室のところで主治医とすれ違ったので、思わず一言「疲れました」と言った。いやいや本当に疲れた。病院に戻ってくるだけで朝よりもかなり疲れが増しているような気がする。

昼食後、Tさんに「お帰りなさい」と言われたので「ただいま。疲れました~。外泊するとまだ疲れるんです。なんか家に戻ると『調子の悪かった頃の自分を取り戻した』みたいになるんです」と言うと「そういう人多いらしいね。調子の悪い頃の生活リズムに戻ってしまうとか。少しでもいいから部屋の模様替えをしたりして、気分を変えたらいいよ」と言ってくれた。そうなのか、自分だけではないんだ。思えば「外泊」という言葉も変なもんだ。自分の家に戻るのに「外泊」なのだから。しかし、その言葉はいま非常にしっくりくる。今の自分にとって生活のベースは「病院」にあり、そこにいれば安定する。そこから離れた場所、たとえそれが「本来自分が住んでいる場所」であっても、そういう場所にいくことは「外出」であり、そこに泊まるということは「外泊」になる。今の自分は、家から病院に行くときは、病院に「戻ってくる」あるいは「帰ってくる」という感覚に近くなっている。病院に着くとほっとする。

昼食後、改めて昨日もらった演奏会のCDを聴く。う~ん、他のグループはうまいなあ。聴いているうちに風呂の順番が回ってきたので入る。風呂に入ると少しすっきりした。

看護婦から声がかかった。「心理の先生と面談の約束になってるはずだと電話がありましたけど」あ、しまった。15:00からカウンセリングだったんだ。時計を見ると15:15。すっかり忘れていった。あわてて出ていって、結局20分遅れでカウンセリングを始めた。貴重な時間を無駄にしてしまった。今日は自分のことを聞かれた。「自分が覚えている一番昔のことを話してください」と言われたので、う~んと考えたあげく、小さい頃、3歳くらいだろうか、三輪車に乗っていてスピードを出していて、石につまづいて前のめりに転倒し、石が額にのめり込んだときのことを話した。その瞬間を覚えていること。その後は、家に帰ったら母親がものすごくあわてていたこと、手術台か何かに乗せられてまぶしい光を浴びていたことを覚えている、そういうことを話した。

幼少時代からさかのぼり、幼稚園時代、小学校低学年時代、高学年時代、中学時代、高校時代まで話したところで16:00になってしまった。続きはまた来週、高校時代の途中からやるそうだ。こうやって話してみると、自分が変化してきたことが客観的にわかる。昔は目立ちたがりで人の上や前に出るのが好きで、外向的だったのだが、高校時代には内向的になって特に女の子とはしゃべれなくなったり、人前に出なくなったりした。それはいったいなぜなのか。それはこれから明らかになるのだろうか、ならないのだろうか。

カウンセリングから戻ると服薬。そのまま喫煙所で昼間に駅で会ったKさんと話をしているうちに夕食の時間になった。カウンセリングの話や読んだ本の話をした。ダニエル・キイスの「24人のビリー・ミリガン」は勧めておいた。「家に戻ると調子が悪いときの状態に戻る」という点に関してはTさん同様「すごくよくわかる」と言った。どうやらそういう人が多いようだ。

夜、しばらくは日経オープンシステム8月号を読んでいたが、特集記事を読み終わった後で、卓球をやっているS君とKさんに乱入。神経が疲れているけど体は大丈夫だ。バランスを取るために体も動かした方がいいだろう。少し汗をかいたが、気持ちよかった。

20:00で卓球はおしまい。今は就寝準備をしながらこれを書いているところだ。さあ、歯を磨いてまた日経オープンシステムの続きでも読むか。