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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

自殺未遂の記録(補足3)

2013年4月3日

自殺未遂の記録
自殺未遂の記録(補足1)
自殺未遂の記録(補足2)

の続きで、これで完結となる。自分が自殺未遂をした直後からの、妻の行動に焦点を当てて書いてみる。

最初の記録にも書いたが、大量に薬を飲んだあと、自分は妻に電話し「これが最後の電話になると思う」と言ったらしい。その前の「俺が死ぬしかないんだね」というメールでは本気かどうかわからなかった妻も、さすがに焦って家に帰ってきて、自分を発見した。倒れこんでいるわけでもなく、普通に寝室の布団の上で横になって寝ていたらしい。「なんだ、寝ているだけじゃない」と思ったが、キッチンのテーブルの上の薬の殻の山を見て、急いで119番したという。

救急車が到着するまでの間、救急との電話のやり取りで、妻は「息はしてますか?」と聞かれたので、自分が息をしているか確認しようとしたが、わからなかったらしい。普通は寝ている時にも、静かながらもスースーと寝息を立てていたりして、眠っていることがわかりそうなものだが、それがわからなかったそうだ。「わかりません」と答えた妻は「お腹は動いてますか」と聞かれ、急いで確認したところ、かすかだが動いていたらしい。ものすごくゆっくりとだが、呼吸はしていたようだ。

救急隊はものすごく頼もしかったそうだ。自分の重たい体をシーツごと担架に乗せ、4階から階段で下ろしてストレッチャーへ。その間、別の救急隊員は薬の殻から飲んだ薬の種類と数を調べていた。どうやら薬の種類や量によって、受け入れてもらえる病院が限られてしまうらしい。妻は「早く、早く」と内心焦っていた。

そんな妻には救急隊員が一人つきっきりで、「ご主人の保険証と、お薬手帳を用意してください」と言ったり、家を出るときも、「火の元栓は閉めましたか?」「玄関の鍵はかけてくださいね」と指示してくれた。

妻は救急隊員が到着する前に、お薬手帳も保険証も用意してあった。あまりにも用意がいいので、「こういうことは前にもありましたか」と聞かれたそうだ。「補足1」に書いた、薬を隠してほしいと自分が妻に頼んだときから、実際にこういうことが起こったときに、何を用意すればいいか確認していたらしい。妻もまた冷静だったのが救いだった。妻曰く「自分のネガティブ思考が役に立った」とのことだ。

しかし、事態は一刻の猶予を許さない。搬送先の病院で私が胃洗浄を受けているとき、妻は「助かりますか」と次々と医師に尋ねたものの、3人いた医師は3人とも「命の保証はできません。なにせ、飲んだ薬が薬ですから」と答えた。

パニックに陥ってもおかしくない中、妻は気丈に頑張ってくれた。正直、いつもはちょっと頼りない面もあるのだが、このときには私の家族に連絡したり、入院のいろいろな手続きやら、身の安全のために自分の手足を拘束する旨の説明を受けて、同意書にサインしたり、病院着のレンタルの説明を受けたり、高額医療費の制度について説明を受けたり、心が折れそうになってもおかしくない中、気をしっかりと持って対処してくれた。妻の母親がかけつけてくれたのも、彼女の支えになったという。

そして、次の日には二人が通院しているメンタルクリニックに電話をかけ、こういう理由で次の日に予約を取れませんか、と確認した。そのとき対応してくれた看護師さんが親身になって話を聞いてくれたらしい。その次の日には病院に行って全ての事情を医師に話した。泣きたいのをこらえて、ここで自分が泣いたら先生にきちんと話せない、そう思って必死に話したらしい。そのときも、看護師さんは親身になってくれて、「よく頑張ったね」と言ってくれたそうだ。その時には泣きそうになったという。

それ以外にも、区役所に行って、医療費の窓口負担が高額医療費制度の範囲内で済むような手続きをしてきたり、自宅がしばらく留守になるので新聞を止めたり、いろんなところに気を配って、とても頑張ってくれた。私が入院中には、自宅に郵便物が来てないか確認したり、私の面会に来たり、実家と病院と自宅を行ったり来たりしていた。妻も病気を抱えているのに、本当に妻には迷惑をかけてしまった。

後日、退院してからメンタルクリニックに通院したときに、その看護師さんに「ありがとうございました」とお礼を言った。向こうもたいそう気にかけてくれて「つらかったでしょう。でも、ここが底だから、これからは上がるだけだからね」と自分の親に近いくらいの歳の看護師さんがそう言ってくれて、自分も泣きそうになってしまった。

最後に、ちょっと話はそれるが、退院間近のこと。

面会に来てくれた妻に「退院したら何が食べたい?」と聞かれたので、即座に「かわいい奥さんの手料理が食べたい」と答えた。妻はびっくりして「えー、私、疲れきって作れないよぉ」と言っていた。いやいや、作れとは言ってない。何が食べたい、と聞かれたから、食べたいものを答えたまでである。いつもはこんな感じの天然な妻であるが、今までもこれからも、いざというときには頼りになるパートナーである。

妻に感謝。

自殺未遂の記録
自殺未遂の記録(補足1)
自殺未遂の記録(補足2)
自殺未遂の記録(補足3)