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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:就職活動

昨日は早く寝ようと思いつつ、なんだかんだやっているうちに気がついたら23時。やばいよ面接前日だってのに、と思って焦って寝た。ブラームスを聴いているうちに追加眠剤を飲まずに眠れたが、寝つくまでちょっと時間がかかったかと思う。そして夜中たびたび目を覚まし、6時前に起きた。また今日も鼻水がじゅるじゅる出る。昼と夜の気温差が激しくて困る。葛根湯を飲んで予防するべし。

今日はいよいよ2次面接の日。スーツに身を包み、バスに乗って就職希望先の会社へ行った。面接まではちょっと、というか結構緊張していたが、いざ始めてみると割と落ち着いて話したいことをちゃんと話せた。ただ、相手が今度は2人くらいかと予想していたのに4人もいたのでちょっと驚いた。

その会社には、他にも私と同じようなキャリアでやはりうつ病の人もいて、うまくソフトランディングできている人もいるし、もうちょっとかな、という人もいる、ということだった。既に実績を作ってくれている人がいるというのは、ちょっと心強い。

「事務職・庶務を希望とのことですが、ゆくゆくは今までのキャリアを活かせるような仕事をしたいとは思っていますか?」という話から、今日の面接の核心に話は進んでいった。もちろん自分が培ったスキルを活かせるなら活かしたい。しかし、それによって自分にかかるストレスやプレッシャーなど、心身にかかる様々な負荷が大きくなり、またつぶれてしまうのは避けたい。「どこまでやれるか、それはやってみないとわからない、今の段階では、そう申し上げるしかありません」と言うと、まあそうでしょうね、と納得してくれた。

「最初は本当に簡単なコピーとりとか簡単な書類整理とか、そういう仕事になると思いますが、それはプライドがちょっと、ということはありませんか?」と聞かれたのだが「いや、むしろその辺りから始めさせていただきたい、できるだけ慎重にいきたい、というのが正直な気持ちです」と答えた。一瞬面接官の方もほっとしたような表情を見せた、ような気がする。

面接は40分くらいで終わった。けっこう好感触だったと思う。「結果はできるだけ早く伝えます」と言われたが、できるだけ早くってどれくらいだろう。

いったん家へ帰って日記の続きを書いたりネットしたりして、16時頃家を出た。今日は通院日。先週が祝日だったので3週間あいてしまった。病院はめちゃくちゃ混んでいた。3週間あいたというのもあるだろうが、ひとりひとりが長い。季節の変わり目で調子を崩している人が多いのか。それにしても今日は最長記録だ。3時間待った。ほんと、待ちくたびれた。私のあとにもまだ待合室には10人以上待っている人がいたのだが、みんなゾンビみたいだった。

診察では、最近はずっと好調が続いていること、ハローワークへ行って求職活動を始め、とんとん拍子に行って今日2次面接を受けたことなどを話した。最後にハローワークに提出する「主治医の意見書」というのを書いてもらった。前回の診察でも「失業給付金の受給資格延長解除」のために似たような書類を書いてもらったところなのに、求職の申込みにハローワークへ行ったら「精神障害の場合はこれも書いてもらってください」と渡されたのだ。それなら前の紙と一緒に最初から渡してくれればいいのに。全くもう、お役所はお役所仕事だなあ。

それにしても、また再来週の月曜日がハッピーマンデーで休みである。だからまた3週間あいてしまう。なんでハッピーマンデーばかり増やすかなあ。月曜日だけ減ってしまって、学校とか病院とか、困っているところは多いだろうに。3連休を増やして経済効果を期待するのだったら、バランスを考えてハッピーフライデーにしてくれたらいいのに。就職して通勤しながら通院することを考え、次から金曜日に変えてもらった。あ、13日の金曜日だ。

昨日は22時半に就寝。寝つきはよかったかと思う。夜中もぐっすり眠れた。5時半くらいにいったん目が覚めたけど、その後また寝て7時に起床。気分は上々。

今日は妻の通院日で、10時の予約だったのでついていった。最近ウォーキングに精を出しているので、今日も歩いて行ってみよう!ということで妻と二人で9時過ぎに家を出て病院まで歩いた。45分くらいで着いた。ちょうどいいくらいかもしれない。

しかし、明日の土曜日が祝日ということもあってか、病院は大混雑。山小屋のように人が互い違いになって寝ている状態。(一部嘘あり)1時間以上待たされて妻は呼ばれ、3分くらいで戻ってきた。そして会計も待たされ、薬局でもこれまた待たされて、13時くらいにやっと昼食にありつけた。

その薬局で待っているとき、面接を受けた会社から携帯に電話が入り「2次面接を行うので来てください」とのこと。

よっっっっっっっっっっしゃああああああああ。

これで第2関門は突破した。あ、ちなみに第1関門は書類選考。ここで自分の病歴や主張したいことを型破りな職務経歴書でぶっちゃけたのだが、普通だったら「うつ病、精神障害者」という時点で書類で落とされるところだろう。

しかしそこはさすがに特例子会社だけあって、私の病気と熱意を理解してくれて、面接してくれて、さらに2次面接までしてくれるというのだ。この会社は非常に理解がある。精神障害者は他に5人いるらしいが、「たった5人」でなく「5人も」いるのである。世間のレベルと照らし合わせるとそういうものなのだ、精神障害者の扱いは。

え〜と、とにかく来週の月曜日が2次面接である。前は人事担当の人との面接だったが、今度は実際に仕事をする現場の人との面接である。現場の人は親会社の人で、どれだけ私の病気を理解してもらえるかわからない。しかし、受かりたいがために、できそうもないことを「できます」と言うことはしない。それは結局自分の首を絞めることになる。正直に、誠実に、今自分ができることとできないことをきちんと区別して話し、あとは自分の熱意を汲み取ってもらえればいい。理解のない上司の下で働くのはもうごめんだ。

がらりと話は変わるが、以前エアコンがカビ臭いので「高圧洗浄」なるものを業者にやってもらった、と書いた。あれはえ〜と、そう9月1日のことであった。あのときは実にクリーンなエアーを存分に堪能したのであった。

しかし、それから数日経って、また少しエアコンから出る風がカビ臭くなったことに気がついた。もういい加減古いから、高圧洗浄とやらをやってもしかたがないのかな、と思っていた。それから涼しくなってエアコンをしばらく使わない日が続いたが、また最近暑くなってエアコンを入れるようになった。すると、かび臭さが日に日に増してきて、また「フィルタ」ランプが点灯しているのである。フィルタはきれいなのに。完全に元の状態に戻ってしまった。

これはいくらなんでも納得いかないというか、なんなんだろう。もう一回やればきれいになるのか、それとも一回やってだめだったら、もうこのエアコンは使い物にならないということなのか、とにかく業者にもう一度電話して状況を話してみた。すると、担当に連絡して、今日中に来て様子を見てくれるという。なんとかなりそうだったらもう一度洗浄します、もちろん無料で対応します、とのこと。おお、良心的な業者だ。プロはそうでなければならない。何はともあれ、電話してみるものだ。

そして夕方、業者がやって来て様子を見た。「カビは取れたけど、匂いだけが染みついて残っているのかもしれません」と言う。でも、フィルターはきれいなのに「フィルター」のランプが点灯している、と指摘すると、「完全にきれいになるかは保障できませんが、もう一度高圧洗浄することもできなくはないですが…」と少し消極的なニュアンスで、でもどうしてもというならやりますが、という感じのお答え。「お願いします」と言ってやってもらったところ、黒い液体がじょぼじょぼじょぼ。業者のお姉様も少し驚いたようで「けっこう残ってましたね、すみませんでした」とのお言葉。無料でやってもらった上にクオカードまでいただいてしまった。なにはともあれ、良心的な業者でよかった。

昨日は22時半に就寝。寝つきは…、あまりよく覚えてない。すぐに眠れたわけではなくて、「まだ眠れないなあ」と思った記憶はある。が、一度起きて追加眠剤を飲んだりしたわけではない。多分1時間くらいで眠れたと思う。朝は7時に起床。いいペースだ。

今日はハローワークへ行く日。この「雇用保険の制度」についての初回説明会兼求職講習会。会議室みたいな部屋にパイプ椅子がずら〜っと並べられ、たくさんの資料を手渡されてぎゅうぎゅう詰めになったところで2時間くらい説明が休憩無しに続く。お前ら失業者を人間扱いしてないだろ、と言いたくなる。何種類も資料を渡されて、次はこっちの資料、次はこっちの資料。手に持っている資料を入れ替えるのに机もないので非常に手元が忙しい。メモも取りたいのにとても取りにくい。

そんなこんなで、まあ説明会は終わって、質問がある人はどうぞ、と言ったらみんなずら〜っと行列ができた。私は障害者求人者として別枠なので、障害者担当のお姉様(と一応書いておこう)に直接聞く。失業していた期間の失業給付金だけでなく、一定の条件を満たせば、就職時に「再就職手当」というのが支給されるらしい。その条件の一つに「1年以上雇用されることが確実」というのが入っているのだが、そんな「1年以上が確実」って誰が保障するんだろう、私のような不確定要素の多い障害者の場合どうなの?と聞いてみたが、これは求人票に「3ヶ月間の契約」というような条件がついてなければ普通大丈夫、と言われた。さらに私のような障害者は「就職困難者」として、「常用就職支度手当」というのも支給されるらしい。

とにかく今は2次面接の知らせが来るのを待つ状態。うう、待つ身はつらい。「NGの場合は早いです。すぐに履歴書を返送しますから」と面接で言われたのが先週の金曜日。今日は木曜日だが、毎日履歴書が返ってきてないかひやひやだ。今週いっぱい返送されてこなかったら、1次面接は大丈夫だったと期待していいかな。

昨日は22時半に就寝。昨日も早く寝つけた。そして6時半起床。あいかわらずちょいと寒い。まだ鼻水が出るし、のどがちょっと痛い。葛根湯を飲んで暖かい格好をする。

今日はいよいよ就職希望の会社の面接。最初に履歴などについて形式的な確認をした後、本題の前に質問された。履歴書に同封した送付状に「うつ病を患い、現在は寛解状態で…」と書いたのだが、「寛解状態というのはどういう意味ですか?」と聞かれたのだ。特例子会社の人事担当者が「寛解」という言葉を知らないんだなあ。精神障害を世間に理解してもらうには、まだまだ道のりは遠い。

そして話は本題に入る。「事務職を希望と言うことですが、具体的にどんな業務を想定していますか」との話から始まって、話題は健康面のことに移り、それがメインとなった。「スキル的には問題はないと思いますが、果たしてフルタイムでの勤務を続けられるか、というところが会社としては一番気になります」とのこと。そりゃまあそうだろう。

しかし自分としては、「それは絶対大丈夫です、と申し上げることは残念ながらできません。今は比較的安定しているとは言え、この病気は波がありますし、お医者様も『これで大丈夫』と言うことはありませんから」と答えるしかなかった。面接官は「まあ、それはそうかもしれませんが、去年退職されてから今まで働いてないので、今の状態で働けた、という実績がなく、そこが不安材料ですね。1年どこかで働いて大丈夫だった、という実績があれば安心材料となるのですが」と仰る。求職活動を始めて1番目の会社でそんなこと言われてもなあ。どこへ行っても1番目は1番目なんだよ。

その他、まあいろいろ話をして、私が「細く長く」続けていきたい、そのためには○○な仕事はできても、××な仕事ができるかどうかは、自分に対するリスクを考えると不安だ、という話などをした。××な仕事、てのは要するに私が元SEだから、その経験とスキルを活かしてシステム部門に踏み込んで行く、ということだ。しかし、それをやったら前の会社ほどではないだろうが、負荷が比較的低い事務職よりも大きな負荷を自分にかけることになる。

ただ、SEをやっていたというキャリアはかなり有効なようだ。この会社はある大手企業の特例子会社なのだが、その仕事はその企業の事務の仕事をサポートする、ということだった。しかし、最近ではちょこちょこと仕事を振る、というものから、ある程度まとまった業務をアウトソーシングする、ということもあるという。単なるサポート業務なら言われたことを指示通りにやればいいが、まとまった仕事を請け負うとなると、ある程度自分で段取りを組み立てて仕事を進めていかなければならない。

だが、そういうことができる人がこの会社にはあまりいないのが現状だという。SEというのは非定形な仕事で、段取りから何から自分で決めてミーティングやら何やらセッティングしてタスクを洗い出してスケジュールをひいて必要なリソース(人・物・金)をアサインする必要がある。そして開発やテストを進めながら進捗状況や問題点を管理したり、調整を重ねていく。SEは自分で仕事を組み立てなければいけない。そういう面でSE経験者と言うのはコンピュータのスキルとは別にセールスポイントになったようだ。

面接の最後に、私の方から質問はないか聞かれたので、休暇の制度や昇給の制度などについて尋ねた。特例子会社だけあって非常にフレキシブルで、まず「定期通院休暇」というのがあった。私の場合はその会社から近くの病院に通院しており、しかも夜までやっているので会社帰りにも通院できる。しかし、別の病気や障害で、大きな病院まで行って何時間も待たされて、という人も当然いるわけで、そういう人は通院だけで1日がかりとなってしまう。そういう場合は、障害者として定期的に通院が必要なのは当然なので、通院した日を年次有給休暇とは別に休める、ということらしい。当然その分の給料は払われる。

それから「フレックス休暇」というのがあり、これがまたユニークな制度である。1日の所定労働時間は7時間半で、それを超えると残業となる。しかし残業が溜まって7時間半を超えると、その分を休暇に充当できるのだ。もちろん残業代はつかなくなるが、これはまたフレキシブルな制度だ。障害者にとっては大変いい労働環境と言えよう。

そして最後にいきなりペーパーテスト。と言っても難しい問題ではなく、最近はやりの「大人のドリル」みたいなやつである。それを3種類、それぞれ3分ずつの時間制限でやったのだが、ううううう、頭が鈍ってるよう。2桁+2桁+3桁なんて暗算でちゃちゃっとできなくなっている。「普通は半分くらいできればいいです」と最初に言われたので、「ようし全部やっちゃる」と思ったのだが、やっぱ半分くらいしかできなかった。「まあ、これは本当に参考程度なので、あまり気にしなくてもいいです」とのこと。要はあまりにひどかったらアウト、といことなのだろうか。

結果の通知は、NGの場合はすぐに履歴書が返送されてくるが、面接にパスすると次は二次面接で、現場の人間との面接となる。先方のスケジュールや他の応募者との兼ね合いで、だいたい10日から2週間くらいで「次はいついつに来てください」と連絡があるそうだ。都合の悪い日を聞かれたので、通院日とハローワークに行かないといけない日だけ伝え、それ以外はいつでもOKということにしておいた。

面接が終わり、会社を後にして時計を見たら、何と1時間ちょい経っている。あれ〜、そんなに喋ったかなあ。話をしているとあっという間だ。緊張していないつもりだったが、喉はからからで体が固くなっている。やっぱり緊張していたのか。外のカフェで待ってた妻と一緒に帰り、帰途につく。

それにしても就活の面接なんて久しぶりだなあ。前の会社に新卒で入社したときは、確かいきなり小論文を書かされて、それから4次面接まであって、英語のテストもあった。何で入れたんだろう?

とりあえず、一つのマイルストーンを通過した。結果が来るまでおとなしく待ちつつ、自己研鑽に励むことにしよう。

昨日は22時半に就寝。最近寝つきがいいから、昨日もすぐ眠れると思ったが、ところがどっこいまたまた眠れず。おっかしいなあ、昼寝してないのに。眠れないので23時40分くらいに起きて追加眠剤を飲み、また寝た。しかし、一向に眠気は来ない。しかたがないので0時半くらいに起きて、PCでExcelの小技を勉強した。ぜんぜん眠気が来そうにないので2度目の追加眠剤を飲んだのだが、やはり眠たくならない。結局寝たのは、確か2時40分頃だった。

しかし、朝は6時40分に起床。目が覚めたときに気合いで起きた。気合いで起きれるならまだまだ大丈夫だ。顔を洗ってゴミを出して、そのついでに近所をぐるっと5分くらい散歩した。朝の空気はすがすがしい。

今日は彼女が10時から診察なのでついていった。4時間くらいしか眠ってないのでやっぱちょっとだるい。でもできるだけ用事を作って外に出るのだ。病院へ行って、帰りに大きな文房具屋に寄ってサイゼリヤで昼食を食べて買い物をして帰ってきた。

帰宅してから、撮り溜めていたビデオを観たり、Excel本を読みながらPCに向かって「ふむふむなるほど」ととかやっていた。しかしやはり眠い。眠いが眠っちゃいかん、また夜に眠れなくなる、と思っていたが、夕方になっていつの間にか眠っていたようで、気がつくと1時間くらい経っていた。

そして夜、携帯に電話がかかってきた。履歴書を送った会社からだった。「さっそく面接の件ですが、来週金曜日の13:30でご都合はいかがですか?」とのこと。おおおおっし、書類審査はとりあえずパスしたのだ。あとは面接でどれだけ自分をアピールできるか。面接なんて久しぶりだ。気合いを入れすぎると空回りしそうだが、力を抜いて、でも自分のアピールはしっかりしてこよう。今からイメージトレーニングをするのだ。