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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:その他諸々

筒井康隆「誰にもわかるハイデガー」読了。ハイデガーの「存在と時間」という本を、超ざっくりと解説するという内容。原著はめちゃくちゃ難解で、例えばこんな感じなんですね、と引用が出てくるのだが読んでも何を書いているかさっぱりわからない。

現存在は、他の存在者のあいだで出来(しゅったい)するにすぎない一つの存在者ではない。現存在が存在的に際立っているのは、むしろ、この存在者にはおのれの存在においてこの存在自身へとかかわりゆくということが問題であることによってなのである。だが、そうだとすれば、現存在のこうした存在機構には、現存在がおのれの存在においてこの存在へと態度をとる或る存在関係をもっているということ、このことが属している。しかもこのことは、これはこれで、現存在が、なんらかの仕方で表立っておのれの存在においておのれを了解しているということにほかならない。この存在者に固有なのは、おのれの存在とともに、またおのれの存在をつうじて、この存在がおのれ自身に開示されているということである。存在了解内容はそれ自身現存在の一つの存在規定性なのである。現存在が存在的に際立っているということは、現存在が存在論的に存在しているということによる。

こういうのを、一般の人を前にして講演会で噛み砕いて解説した内容を書き起こしたのがこの本。それでもちょっと難しい。筒井康隆自身も解説していながら「ここのところはちょっと僕もよくわからないんですけど」とか言ってたりする。とにかく「存在と時間」という本は難解らしい。読んでてまあ言いたいことはわかるけど「で?」ということが多い。結局哲学ってのは死の恐怖を克服するために出てくるものなのか。逃げてはいかんとな。死から目を背けるのは頽落(堕落)だと。人はやがて来る死を受け入れることによって良心的になる。本当かなあ。

「人工感情 善か悪か」を読了。AIが進化して感情を持つと、ああなったりこうなったりするかもしれない(ひとつ前の記事で書いた戦争の話も出てくる)が、最後には著者も「将来は結局どうなるかようわからんけど、最悪こんなことになるかもしれんが、そうならんといいんだが」みたいな感じで曖昧に終わっている。まあ数百年先の未来について書くとそんなもんだろう。この手の本は久々に読んだが、錆びついた頭ではなかなかしんどかった。正直、何が書いてあったか読み終わったばかりの今でもよく覚えてない。でもとりあえず1冊読めたのは前進だ。少しずつリハビリしよう。

これを書いていて、ふと「自分のこの体は自分のものなのだろうか。自分の意識は自分のものなのだろうか。自分の感情は自分のものなのだろうか。実は全てAIで、人間と思い込んで操られているヒューマノイドではないだろうか」なんて思ってきた。将来本当にそうなるのかいな。

妻がかなり前から使っているウォークマンが限界なので、Amazonで安いMP3プレーヤーを買った。SONYのウォークマンだと2万円くらいするのだが、Amazonで調べると3千円くらいでMP3プレーヤーが売ってるではないか。レビューを見ていると、中国製だがまあ普通に音楽は聴けそうだったので買ってみた。

MP3プレイヤー

昨日の夜に届いたので、さっそくセッティングして使ってみた。うん、とても使いにくい。なんせ操作がまるで直感的でない。選択されている項目の上下に移動しようとしたら左右のボタンを押さないといけないとか、全体的にイマイチである。音量を変えようとしたら、下のボタンを長押ししてボリュームコントロールモードに入らなければならない。音量をすぐに下げたい時とかあるんだけど。機能的には録音、FMラジオ、写真、ストップウォッチとかいろいろあるのだが、どこまで使うことやら。ラジオはちょっといいかもしれんが。

音楽はまあ普通に聴けるらしいから妻的には別にいいらしいが、アルバムの中の曲順が微妙に違って再生されるとか、なんかおかしい(全くバラバラというわけではないのだが、1曲だけ位置が違う)。表示される日本語のフォントもちょっと中国語っぽい。まあいいけどと妻は言っている。

説明書は安定のチャイニーズクオリティオー。不自然な日本語が並んでいる。と言うか、中国語そのままのところもあるんだけど。

MP3プレイヤーの説明書

今朝メールチェックすると、昨日の夜にAmazonで注文した商品を発送したとのメールが来ていたのだが、「お客様の商品はヒップスタイルでお届けいたします。」と書かれている。ヒップスタイル?聞いたことないな。お尻の形で来るのかな?(←なんだそれは)と思って調べたらいわゆる「デリバリープロバイダ」だった。そう言えば前にネットで読んだな。「地域限定の配送業者の集合体」とのことで、大手配送業者が人手不足で悲鳴を上げているのでAmazonがいろいろな業者を使いだしたらしいのだが、どうもこれがいろいろ問題を起こしているらしく、配送が遅いとか配達員の態度が悪いとか無理やり郵便受けに突っ込まれて荷物がぐしゃぐしゃになっていたとか、いろいろ書かれている。デリバリープロバイダのさらに下請けに委託されているケースもあり、個人で請け負っている場合もあるとか。ちゃんと届くのか?一応Amazonの配送状況確認ページでは「明日到着」となってるのだが。届いても中身が壊れていたら困るな。

清水義範の「朦朧戦記」を読了。最初はちょっとボケ始めたお年寄りたちが、羽目を外したり周りの人を右往左往させたりすっとぼけたりやらかしたりしながら人生を楽しんでいる様子から始まる。清水義範の小説によく出てくる「あるある感」満載だけでなく「あるのか?感」もいっぱいあった。

読んでいいくうちに、「いくらなんでもそこまではないだろう」という感じになっていくのだが、そこがデフォルメされておもしろいところなんだろう。なんせ70代80代の老人どうしで合コンをしたら最後には乱交パーティーになってしまうのだ。挙句の果てにアメリカと本物の(小さな)戦争を始めたり、学生運動を始めたりする。

これは要するに、今の若い人がやっていることや、お年寄りが若い頃にやっていたことを今再びやってみるとこんなことになるだろう、というある意味パロディとも言える小説で、本人たちにとってそういう「老人の本気」はとてもおもしろいものなんだ、という話なんだろう。おもしろかったのだが、清水義範の小説で人がバタバタ死ぬのは珍しいので、なんだかそこは残念。