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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:その他諸々

宮木あや子「校閲ガール」読了。出版社でファッション誌の編集がしたいのに、地味な校閲部で働く強気な女性の話。強気でお調子者で生意気な主人公がおもしろい。同じOL物の「それは経費で落ちません!」の主人公と好対照だ。校閲って単なる字面のチェックだけでなくて、こんな事実確認とか時代考証もするとは知らんかった。文章の内容まで突っ込むものなんだ。普段は見れない世界を垣間見れたようだ(どこまでが現実かわからんが)。ほのぼのしていて面白かった。昨日まで読んでいた「ロスジェネの逆襲」とのギャップが激しい。

続いて辻村深月「鍵のない夢を見る」を読もうとして、一行読んでみた。

・・・前に読んだ。

・・・・・またやってしまった。

・・・・・・・なんで学習しないかな。

記録によると、2月8日に借りて2月9日に読み始めて2月10日に読み終えてる。たった2ヶ月前のことなのに。いや、それよりも5日前の日記に「間違って前に読んだ本を借りてしまったから、今度からは記録をチェックしてから借りよう」と書いていたのに、それすらやってない。「自分が読んだ本のタイトルを覚えてない」というのは、なかなかにショックである。

はあ、自己嫌悪。

SNSを見てると、次の元号が「令和」と決まってから情報システム業界が騒がしい。どうやら「令」には2種類の文字コードがあるらしい。

こういうケースは想定していたかなあ。していなくってもあと1ヶ月でなんとかしなくちゃならない。幸運を祈る。

青木祐子「これは経費で落ちません!」読了。おもしろかった。経理部の女性社員の目から見た人間模様。他人の人生にはできるだけ介入したくないが、否が応でも巻き込まれてしまう。主人公みたいなドライな性格はスッキリするようで、却ってストレスがたまるような気がする。なんとなくこういう女性とはつきあいたくないなあと思ってしまった。なんというか、無駄のない生き方なのだが、人生には無駄が必要だと思う。自分の人生も無駄ばかりだ。とは言え、毎日家計簿をつけて、1円でも残高が合わないと気が狂いそうな私や妻は主人公と同じ穴のムジナかもしれない。我々は経理向きかもしれないな。

「今送ったメール間違いだから。見ずに消せ!」という話は、タイトルを見ただけで笑ってしまった。これ、昔いた会社でも庶務の女の子がやったなあ。事務連絡で部内同報アドレスに出すことが多かったから、他の女の子との雑談メールを間違えて同報に流してしまった。その内容が、詳しくは忘れたけどちょっとやばかったと思う。そのあとどうなったのかも覚えてないや。あとメーリングリストに返信したらMLに流れてしまうのに、それを忘れて個人宛に送ったつもりがMLに流れてしまったりとか。

この本のラストは、う~気を持たせつつ終わってしまった。続きが気になる~。続編も借りなくては。予約したら3人待ちだった。もっと早く予約していればよかった。

先日書いた、兄から電話があって連休中に家族会議があるので大阪に帰るという件だが、やっぱり行かないことにした。時期的にリスクが高すぎる。

前に失職して体調がどん底に落ちてから、調子が良くなったり悪くなったり入院したりを繰り返して、7年かけてやっと作業所に通えるかというところまでこぎつけた。やっぱりこの大事な時期に体調は崩したくない。一昨年に大阪に帰った時は、その後3週間寝込んだ。今度また調子を崩すとまた回復するのに時間がかかるかもしれないし、最悪の場合じゅうぶん回復しなくて、また逆戻りになるかもしれない。それだけは絶対に避けたい。

その後の兄からのメールでは、

「集まる目的がいまいちはっきりしないので、もうちょっと先に考えておかないといかん。
何かを決めるというより、知っておくべきことや考えるべき事柄を家族で共有することが今度の目標か。」

という、なんとも曖昧な話なのだ。何か重大なことをその場で話し合って決めるというわけではない。と言うか、今は決めるだけの判断材料が揃ってない。一番重要な情報がわかっていないし、それが明らかにならないと話し合う内容が初っ端から違ってくる。弟たちはその辺の事情からして理解していないので、そこから認識を合わせるだけで終わってしまうかもしれない。そんなもん大きなリスクを負って出たってしかたがない。

一番の問題は、家族内のことなので詳しくは書けないが、その「一番重要な情報」を調べるすべがない、ということだ。これに関しては大阪の家族になんとかしてもらわなくてはいけないのだが・・・。

松岡圭佑「催眠」読了。催眠療法とか解離性同一性障害、すなわち多重人格が出てくるミステリーで私が好きなジャンル。読んでいて面白いのだが、カウンセラーが街なかで見かけた人を気にかけて、善意で勝手に心理療法を始めるという展開はちょっと無理があるのでは?と思った。臨床心理士が相談者に催眠療法をかけたりして、そんなことあるんかいなと思っていたら、巻末にちゃんと「これはフィクションで、実際にはそんなことしまへん」と注意書きがあった。

多重人格というと思い出すのはダニエル・キイスの「24人のビリー・ミリガン」。あの本は面白かった。本当に実話なんだろうか、人格を統合することなんかできるんだろうか、とか色々なことを考えて読んだなあ。「催眠」では交代人格に関する記述が「ビリー・ミリガン」と矛盾するところがある。どうなんだろう?やっぱこれもフィクションだからそういうものなのかな。

ところで、私は催眠療法を試してみようとしたことがある。うつ病(実際は躁うつ病だが最初の診断はうつ病)になって通院を始めたが一向に良くならず、どうしたらいいだろうと藁にでもすがる思いでいろいろ調べていて、自分に「自分は気力が出る。何ごとも意欲的に取り組むことができる」というマインドコントロールをかけられないか、と思いついた。そしてマインドコントロールについて調べていくと、催眠が深く関係していることがわかったので、催眠術の本を買ってきた。自己催眠をかけられないか、と思ったのだ。しかし本を読んでいくと、自分で催眠をかけるにはまず他人にかけることができないといけないと書いてあり、それは無理だと思った。しかし諦めずに、そうなると人にかけてもらうしかない、と思ってまた調べたら、催眠療法というものがあるということを知った。そういうことをやってくれる「催眠療法センター」というものを見つけて行ってみた。最初にいろいろ説明というかカウンセリングみたいなことを受けて、70万円かかると言われて、こいつはインチキだ、と思ってやめた。

いろいろ迷走していた時期だった。変な宗教に取り込まれなくてよかった。まあ私は宗教嫌いで、当時も宗教を勧めてくる人が何人かいたが、ことごとく突っぱねてたけど。