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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:メンタルヘルス

鬱を発症してから4年。2回も休職するも、なかなか病状が安定せず、ついに2001年7月に「もう入院するしかないですね」と医師に言われる。
通院している病院は総合病院だが、精神科の入院施設はない。普通の病床ならもちろんあるのだが、精神科の入院というのは、施設も看護体制も他科と大きく異なるらしい。

「すこし遠いですが、療養するのにいい環境の病院がありますから」

そう言って、医師はK病院への紹介状を書いてくれた。
ついに精神病院に入院するところまで落ちてしまったのか、自分。
精神病院ってどんなところなんだろう。怖いところなんだろうか。どんな患者が他にいるんだろう。

不安はつきない。

だから、この時から思っていた。

「自分の体験したことを、できるだけ記録として残そう」

そして、自分の「精神科病棟入院日記」は幕を開ける。
自分が2001年の8月から2002年の3月まで入院した時の日記である。

ハンドヘルドPCを持ち込み、毎日日記を書いては、こっそりと日記サイトにアップしていた。
そして、自分の知り合いに「こういうものを書いているから読んでほしい」とメールしまくった。

自分を心配してくれているのか、「精神病院で起こっていることを、毎日リアルタイムでアップする」というものが皆の興味をひいたのか、あるいはその両方か、読者の数はたちまち3桁に達した。

しかし、1ヶ月くらいで公開はやめてしまい、日記サイトからも記事を削除してしまった。これは、あまりにも詳細に書きすぎたため、出てくる人名も地名も匿名とは言うものの、読む人が読めばどこの病院のことかわかってしまうおそれが出てきたからだ。

そうなると、自分のことが書かれているとわかった患者に迷惑をかけるし、自分自身、病院側にバレたら強制退院になりかねない。

そんなことになると、なんのために入院したのかわからなくなる。

だから、私は公開するのをやめた。しかし、日記は書き続けた。休み休みだけど、誰にも読まれないかもしれないが、書き続けた。

17年以上たった今、その病院ともとっくに縁は切れているし、当時のことを覚えている人もほとんどいないと思うので、その頃書いた日記を見直し、加筆訂正して一気にアップした。ただし、記録としては残念ながら最後の10数日分が残っておらず、尻切れトンボである。また極めて個人的なことなどは割愛しているので、極端に内容がない日や前後のつながりが不明瞭なところも多々あるが、ご容赦願いたい。

ちなみに、これは実際には2018年8月14日に書いている。