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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

カテゴリー:メンタルヘルス

前夜はなかなか眠れなかったか。ベゲタミンの威力もそんなものかい。20時に眠剤を飲んで21時消灯。しかし22時半になっても眠れなかったので追加眠剤をもらいにいく。それでやって眠れた。4時ごろにいったん目が覚めたもののまた寝てしまい、朝動けない。ラジオ体操はまた参加できず。

日中に少し調子がよくなってきてカラオケにも参加。いまどき古いレーザーディスクのカラオケだが、通信カラオケがこんなところにあるはずもない。だがディスクは追加されていて最近の曲も入っている。chemistryが1曲あったので歌った。初日、2日目と寝てばかりだったが、今日は少し調子がよくなってきてあまり日中寝なかった。

昨日は疲れていたのかさすがによく眠れた。追加されたベゲタミンの効果が大きいか。よく眠れたと言っても夜中に4〜5回目が覚めた。眠りは浅い。

病棟の日課は、6時起床に始まり6時半にラジオ体操。しかし朝になっても動けずラジオ体操にも参加できず。なんとか7時の朝食には起きてきた。

今日は一日中寝ている。調子が悪い。土日の昼は恒例のカラオケ、というのも前とは変わってないが、参加せず。

前の晩もまたアルコールに頼ってしまった。もう開き直りである。入院のために9時までに病院に着かないといけないので、どうしても寝ておかなくてはならないのだ。入院前の最後のあがきだ。

朝は幸いにも調子が比較的よい。朝のラッシュの時間帯に、大きな荷物を抱えて彼女と2人で乗り込む。電車に揺られ、バスに揺られ、ではなかったタクシーに揺られたんだった。荷物が多いからタクシーに乗って病院へ。

1年3ヶ月ぶりの入院。最初に手続きやら何やらあって、主治医との面接。薬をもう一つ追加してみましょうか、と言われた。ついにベゲタミンが処方された。今でも使われている数少ないバルビツール系の眠剤。最強の眠剤である。現在主流で使われているベンゾジアゼピン系の薬は脳の一部にしか作用しない。だから副作用も少なく安全なのだが、昔よく使われていたバルビツール系は脳全体に作用する。副作用も多く大量に飲むと危険である。強すぎるので処方しない病院も多い。

病棟へ行く前にレントゲンと心電図の検査。病棟へ行って採尿、採血。病室に入るとさっさと荷物を整理する。変に入院慣れしてしまっている自分が悲しい。廊下を挟んで、以前とは反対側の部屋。海が見えてきれいだが、この季節は日光が差し込んで暑い。

病棟内を多少うろうろ。見知った顔もちらほら。前からずっといる人。私と同じくいったん退院したけどまた入ってきた人。リピータは多い。看護師はけっこう前とメンツが違う。かなり入れ替わっているようだ。自分の担当の看護師からあれこれ説明を受けるが、若干以前と変わっている。「病棟案内」と書かれた冊子があるのだが、いろいろマイナーチェンジされていた。「院内恋愛は禁止」と書いてある。おおついに明記されたか。前は暗黙のルールのような感じで、しかしみんな院内恋愛していた。あ、私もか。私は退院してからだから少し違うのだが、確かに入院患者どうしでは問題になることが多い。

一段落するとベッドに横になる。まだ10時過ぎだが、朝が早かったからもう疲れが出ている。そのまま夜まで過ごす。

病棟の雰囲気は以前とかなり変わっている。前はけっこう若い同年代の人もたくさんいたのに、今は高齢者が多い。なじめるかなあ。いや、別になじまなくていいんだけどね。消灯は21時だが20時半くらいにもう寝てしまう。今日は疲れたのだ。

昨日も夜眠れなかった。23時頃寝ようとしたが、2時を過ぎても眠れない。いかん、だめだめと思いつつまたコンビニへ行って発泡酒を買ってきて、眠剤と一緒に流し込む。その後、少しして眠れたようだ。

今日は昼から彼女にもついて行ってもらって病院へ。少しだけデイケアに顔を出した後、診察を受ける。眠剤を増やしても眠れないこと、そして眠れなくてアルコールに頼ってしまっていることを告げ、自分自身入院した方がよいだろうと思っていることを告げた。そしてすんなりと入院が決まった。ベッドが空いているのでもう明日から。

帰ってきて急いで準備をする。だいたいのものは揃っているので、足りないものを100円ショップや近くの店で買ってくる。荷物が多いが、大きなザックを1つ背負って、紙袋を手に持ち、彼女にも一緒に荷物を背負っていってもらう。

夜、実家へ電話する。家族と話すのは前に退院していらいだから、1年と3ヶ月ぶりくらいか。疎遠な家族、というか崩壊した家族だし、家族に対して自分に連絡を取ることを自分自身が禁じていたので、電話したら父親はたいそう驚いていた。

準備も整ったし、さて寝るか。と言いつつ、眠れるのかいな。明日は9時までに病院に行かなくてはならない。さて行けるのか?行けなかったらどうなるのだろう。

病院の中でネットにアクセスできるかどうかはわからない。おそらくこの日記もしばらくはお休みになるだろう。

一昨日の晩に徹夜したせいだろうか、昨日は比較的早く寝つけたような気がする。11時過ぎに寝床について、多分0時過ぎくらいには眠ったと思う。でも今日は16時くらいまで寝ていた。それまでの記憶が、本当に断片的にしかない。

朝食を食べたあとがある。だから食べたのだろう。だが、それが何時頃なのか全く覚えてない。というか朝食を食べたことすら覚えてない。昼頃起きてパンを買いに行った記憶がある。それは記憶がある。しかし、半日もたってないことなのに、「おぼろげな記憶」でしかないのだ。そして食べた後は、またぐーぐー寝てたのだ。なぜ昼間だと眠れるのか。

16時頃に目が覚めるまで、夢を見ていた。それはけっこうはっきり覚えている。1つは実家にいる夢。もう1つはヴォーカルアンサンブルの仲間とステージで歌を歌っている夢。

実家にいる夢では、なぜか家の電気もついてなくて洗い物の食器が溜まっていて、私が食器を洗ってしまった後に両親が帰ってきて、自分は誉められると思ってやったのに、なんか文句を言われた、というような感じだった。腹が立って荷物をまとめて横浜へ帰ろうとして、その後は覚えてない。今までのカウンセリングを通じて、自分は「理想が高すぎて、どんなに努力しても自分で納得できるレベルに達したと感じない」とうタイプであるということがわかってきた。わかってきたというよりカウンセラーにそう言われた、ということなのだが、そういう心理が夢の内容に関係しているのだろうか。

ヴォーカルアンサンブルの仲間で歌う夢は、う〜んあんまりよく覚えてない。おぼろげに覚えているのは、なんだかとてもいい曲を歌っていて、夢の中で「これはいい曲だぞ〜」と思っているのだ。そしてなぜかそれが夢の中であることを自覚していて「起きたらこれを思い出すのだ」と思っているのに、実際に起きたらすっかり忘れてしまっていた。実際には夢の中で「いい曲」なんて歌ってなくて、そう思い込んでいる自分が夢の中にいるだけなのだろう。

バイトが終わった彼女が夕方にやってきて一緒に夕食を食べ、夜はひたすら人生ゲームの続きをする。すっかりはまってしまっているなあ。

あ〜これから寝る準備をして寝るのだ。この日記はいつも寝る前に書いているのだ。最近は「今日は眠れるのだろうか」というのが書きながら不安でしかたがない。そんなこと気にするから余計に眠れなくなるのだろうが、気になるものは気になるのである。何かいい安眠法はないだろうか。まあ、たいがいのものは試してみて、結局薬が一番手っ取り早い、ということを感じたのだが、その薬さえあまり効かなくなりつつある。そう思うと余計に効かなくなるかもしれない。逆プラシボというかなんというか、な〜んにも考えずに無我の境地に達したいものだ。

明日は診察だ。明日はなんとしてでも自力で行こう。そして入院のことを相談しよう。ベッドが空いていれば、即入院ということもあり得る。さてさて、どう転ぶやら。