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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

月別アーカイブ: 2020年8月

昨日は22時に寝た。スマホの音楽プレーヤーで好きな合唱曲のプレイリストを作って、それを流していたのだが、すぐに寝てしまった。せっかく眠れなくても飽きないように好きな曲ばかり集めたのに、なんだかもったいないような気もするが、早く眠れたのでいいではないか。また今度は別の曲から聴き始めてリピート再生にして60分のタイマーで切れるようにしておこう。朝は7時の目覚ましで目が覚めた時に「今日は起きれそうだ」と思ったが、また寝てしまって8時起床。最近にしては早いが、もうちょっと早く起きないといかん。

10時頃家を出て図書館へ。本格的に暑くなる時間の前にさっさと読んだ本を返しに行った。できるだけ午前中に体を動かした方がいいだろう。そう思って図書館へ行った。本を返した後、暑いのでしばらく涼んでから帰ろうと思ってテーブルにつき、スマホを取り出したら電波が入らない。そうだった。この図書館、なんとかならんかなあ。電波が入らないのはもうどうしようもないだろうから、Wi-Fiが使えるようにできないのかな、と思っていたら投書箱があったので投書してみた。区役所でもWi-Fi使えるんだから、図書館でも使えるようにしてください。本棚の本を手にとって詳しいことをスマホで調べようと思っても、調べられないので不便です、と。

来週の今日、すなわち土曜日は横浜市の障害者の任用職員の二次面接。昨日何時のバスに乗ればいいか調べておいた。この猛暑の中スーツを着てネクタイをしてマスクまでして行くのは拷問なので、少し早めに着いてどこかでクールダウンできないか、面接会場の近くに喫茶店でもないか調べたら、すぐ近くにドトールがあった。作戦を練る。

集合は15時25分。その15分前、すなわち15時10分から入れるが、密になるのを避けるためそれより早く来ては行けない。バスは遅れたりすることがあるため、こういうときいつも私は時間に余裕を見て行くことにしている。結果、早く着くことが多くて、そのときはその辺でぶらぶらしているのだが、今回はこの暑い中スーツを着て外でぶらぶらするのは危険である。どうせならもっと早く行ってドトールでしばらく涼みながら、スマホに書いたメモを見ながらいろいろ頭の中を整理したい。そしてジャストのタイミングで会場に行くのだ。本当はノーネクタイで行って、ドトールのトイレでネクタイを結べないかとも考えていた。しかし外でネクタイを結ぶというのは、できるだろうがなんとなくリスクを感じる。

今日、シミュレーションとして調べた時刻のバスに乗って、そのドトールに行って、試験会場までの道のり(すぐそこだが)も確認してこようかと思ったのだが、そこまでするのはやめた。今日もたいがい暑いので、ますます熱中症のリスクを高くするだけだろう。これから1週間はとにかく今まで以上に体調管理に気をつけなくては。熱中症の予防が最優先だ。

図書館から20分あまりかけて歩いて帰ってきてぐったり。Tシャツ1枚でこれでは、スーツではかなりやばいかもしれない。当日になってあまりにも暑さが厳しいとタクシーを使おうかと思っていたが、もう今のうちからそうすることにした。幸いめっちゃ遠いわけではない。出発地点と到着地点を入力すれば経路とだいたいの乗車料金を教えてくれるサイトがあったので、調べてみたら1,800円くらい。家まで迎えに来てもらうとしたらそれに迎車料金か。それくらいだったらもう安心、安全を買おう。面接の場で暑さで頭がぼ~っとしてまともに答えられなくなるのが一番まずいのだ。

ところでタクシーの配車アプリというものを使ったことがないので、JapanTaxiのアプリをインストールしてみた。ちょっといじってみて、出発点と到着地点を指定して配車する直前までの画面まで行って閉じたのだが、これって乗る場所を詳細に指定できないの?GPSで現在位置を表示して、そこから地図を動かして乗る場所を指定するのだが、住所で指定できない。これでは暑い中うちの団地の前の道端で待ってないといけないではないか。そうではなくて、うちまで迎えに来てピンポンとチャイムを鳴らしてほしいのだ。道路で待つの前提なのか~。それでは使えんな。普通に電話で呼ぼう。

午後はゆっくり過ごした。20円引きのシールに、さらにローソンアプリのクーポンで20円引きでゲットしたチョコクランチエクレアがさくさくしてうまい。

チョコクランチエクレア

Amazonで買った「ちょっとだけこっそり素早く言い返す技術」を読んだが、私が求めていた内容とは違った。それにちょっと中身が浅いかな、という感じ。でも「マンガ版」が出るくらいだから人気はあるのか。まあ「小手先のテクニック」感は否めない。でもここで書いている「小手先のテクニック」を実践しようとしたらけっこう修行が必要だぞ。あっという間に読んでしまったが、そのわりに何が書いてあったかあまり覚えてない。

私は、たとえば作業所のボスから何かお願い(無茶振り)されたりした時にノーと言えなくて困っているので、そこで自分を主張するための何かのヒントになるかと思ったのだが、この本は「他人から叱られたり非難されたり、とにかく攻撃的な言葉を受けた時」にどう対処するかという内容なので、ちょっと違った。まあテクニックとして通用することもあるかもしれないから、もう一度くらい目を通してみようか。

先日、「これからの「正義」の話をしよう」を読んでいた頃だったか。ちょっと哲学的な頭になっていたとき、赤信号で立ち止まっていてふと考えた。

「自分はなぜ立ち止まっているのだろう」

住宅街の中の小さな交差点。3秒もあれば渡れる横断歩道。見通しが良くて到底車は来そうにない。他に誰もいない。渡ったところで事故に会う確率もほぼないし咎める人もいない。

多分、こんな小さな信号は無視してさっさと渡ってしまう人が多いだろう。そういう人はよく見る。だけどそういう人を尻目に自分はじっと立ってることが多い(つられて渡ってしまうこともあるが、それについては後述)。

誰も見ていない、車も来ないのに律儀にじっと信号が変わるまで待ってるのはなぜだろう。「法律で決まっているから」と言われればそれまでだ。自分は遵法精神は高い方だとは思うが、何が何でも絶対、というわけでもないつもりである。他のこういう軽微なものは、法から逸脱することも多いんじゃないかと思う。

一時期、これを「どこかで子どもが見ているかもしれないから」と人に説明したことがあった。自分たちは大人だから、車が来ないという安全を確認した上で、信号が赤だということをわかった上で渡るということができるが、それを子どもが見ていたら「信号が赤でも渡っていいんだ」と思ってしまうかもしれない、ということである。そういう説明は理屈として通ると思ってはいる。しかし、それだけでは説明がつかない。少なくとも先日赤信号でぼけっと突っ立ってた時はそんなことは考えていない。

これはなんだろうなあ、と思った。「法律を遵守すること」「信号を守ること」が正義なのか?道徳的に絶対に正しい「善」なのか?そんな崇高な道徳心を持ち合わせているのか?

そんな大袈裟な話でもないような気がする。

単に何も考えてないだけなのかな。赤信号だ。止まろう。以上、終わり。それだけ。よく見れば車なんか来てないじゃないか、渡ったほうが若干だが時間の短縮にもなる、そんなややこしいことは考えてない。思考停止しているのだ。たまに気まぐれに走って渡ることがある。これは「人につられる」のが理由の1つで、これも思考停止しているから何も考えずに人と同じ行動をとってしまうのだろう。ただ、他の人がいなくても渡ってしまうことがある。これについては説明不能。気まぐれなんだろうが、「気まぐれ」てなんだろう。サイコロを転がしたように、ランダムに自分の気分が変わるのだろうか。

赤信号の件は、思考停止した結果、「法律を守る方」「安全な方」に傾いているからいいものの、反対の方向に傾くと厄介かもしれない。作業所で単調な作業をやっているとだんだん思考停止してくる。単調な作業とは言え、ときどきイレギュラーな作業が紛れ込むことがあるのだが、ちょっと疲れていて本当に機械的に作業をしていると、そういうところでミスることがある。

あとはまあ、結局これは自分が歩いてきた道というかレールからはみ出したくないのだろう、ということかな。「赤信号では止まる」それがもう幼い頃から染み付いている。大袈裟なようだが、それが自分の生き方で、それから逸脱することができない。つまり「タッタッタと小走りに信号無視をして横断歩道の向こう側へ渡る」自分は、既に自分ではない、ということなのか。う~ん大袈裟か。よくわからない。でも昔からそうだったから、今もそうで、これからもそうなのだ。それが一番しっくりくる。でも人につられる。主体性がないのか?

などとどうでもいいことをエクレアを食べながら考えたのであった。

気がつくと記事数が5,000を超えていた。これが5,001番目の記事である。次は6,000を目指そう。無駄にたくさん書けばいいというものではないが。

昨日は22時に寝た。BGMはベートーベンの「ミサC-dur」。C-durというのはハ長調のことである。これは3回生の時に定期演奏会で歌ったミサ曲。懐かしいと思って聴いてると、Agnus Deiが終わってKyrieに戻った。リピートにしておいたからだからだが、この曲は30分くらいだったか、それだけしか入ってないCDだったのか。今調べたら44分のようだ。2回目のKyrieは覚えているがその後は覚えてない。1時間以内には眠れたようだ。

朝は7時の目覚ましで目が覚めて、何度も何度も何度も何度も起きようとしたが、どうしても起きれない。やっと起きることができてやれやれ、と思ってふと気がついたらまた寝ていた、という夢を何回か見た。この夢は昔からときどき見るが、よほど何かプレッシャーを感じている証拠。プレッシャーの正体はわかっている。また来週から作業所通いが始まり、そうすると7時台には起きないといけないのに、ここ最近9時過ぎまで寝てたりするからだ。なんとしてでも早く起きなければ、と焦っているのに、体は動かない。8時半になってやっと起きれた。作業所に行くのには9時に家を出るから、超急いで支度をしてぎりぎりか。

今日は10時から某福祉施設でマインドフルネス講座。去年も4回の特別講座があったのだが、最初の1回だけ出た。今年は3回あるが予約制とのことで、最初は3回とも参加予約したのだが、すぐにキャンセルした。密にならないようにするため定員が5名だけなのだが、最近体調が悪いので朝動けないことも多く、欠席してしまうと申し込もうと思ったのに定員オーバーで諦めた人がいたらその人に申し訳ない。いい加減に申し込むのはちょっといかがなものか、と思ったのだ。当日の朝になって、行ってみて枠があいていたら参加しようということにしていて、昨日センターで職員に聞いたところ、今の所1人分だけ枠があいていたので今日行ってみた。

マインドフルネス講座は、むむむ、よくわからない。要は禅であり瞑想なのだが、う~む、難しい。難しく考える必要はないのだが、難しい。認知行動療法は完全に理論的なものなので実践はともかく理解はしやすいし、SSTはテクニックなのでこれもまたわかりやすい。しかしマインドフルネスは感覚的なもので、ちょっと自分は今日1日で悟りは開けなかった。それはそうか。でもまあこういうアプローチもあるのはおもしろいなと思った。とにかく過去や未来のことを考えず、「今」に注意を向けるのだ。スティーブ・ジョブズもやっていたし、Google、Facebook、Yahoo!といった企業でも取り入れてるとか。そういうので近年一気にブームに火がついたそうな。

福祉施設のプログラムがいろいろ動き出した。通年でやっているリカバリー系プログラムも再開したし、こういう特別プログラムも再開した。今月はマインドフルネスだが10月にNLP、12月にSSTをやるという。おおお、ついにNLPが出てきた。NLPとは「神経言語プログラミング」といって、ちょっと胡散臭いとも言われているのだが、まあなんというか、乱暴に言えば「脳を騙す」的な感じのやつだったと思う。私は昔友達に、NLPを使えば記憶を上書きできると聞いた。ほんまかいな?

お買い物をして帰ってきた。それにしてもあっついな~。中華料理屋のランチメニューのゴーヤチャンプルーに惹かれたが、お買い物をして生ものとか持っていたから、しかたがなく帰ってきた。

お昼ごはんを食べてしばらくしてから、ふと「今日はユニクロの米津玄師Tシャツの発売日じゃないか」と気づく。米津玄師は歌だけでなく絵も描く。MVには自身が描いた絵もたくさん登場する。その米津玄師デザインのTシャツが今日発売されると予告されていたので、これは買わなくては、と思っていたのでユニクロのオンラインショップにアクセスしたら、見事に全種類売り切れ。あああ、やっぱ人気があるのか。残念。次はいつ入るのだろう。もう売らないのかな。

その後は昨日借りてきた「モナドの領域」を読み進める。なんだろう、この小説。最初はミステリーかなんかだと思って読んでいたのだが、どんどん話が斜め上に進んでいく。途中から何の話かさっぱりわからなくなった。筒井康隆が登場人物に喋らせるセリフを読んでると、ときどき自分の化けの皮を剥がれたような気がしてドキッとすることがある。人間の本能をえぐられるような感じがするのだ。なんというか、大脳新皮質を1枚1枚剥がされて、いつの間にか大脳辺縁系が剥き出しにされているような感覚だ。

16時半くらいに読み終えたが、奇々怪々な小説だった。無理にジャンル分けする必要はないが、最初はミステリーなのかと思ったが、そうではなく、なんというか哲学的SFとでもいう話なのか?しかしまあ、筒井康隆の博学ぶりとボキャブラリーの豊富さ、特に哲学の知識には舌を巻く。最初は意味がわからない単語を調べたりしていたが、きりがないので途中から調べるのも放棄した。この話はいったいどこに着地するんだろう、という感じで話は進む。いきなり話がメタレベルになったりもする。その辺はやっぱり筒井康隆。「この世界はいったいなんなのか」「ここは小説の中の世界だよ」「それを言っちゃおしまいやん」みたいな会話が。最後にはこんな論理式まで飛び出すが、まるで意味がわからない。論理学なんてまるでわからないので、もうなにがなんやら。これはでたらめなの?

論理式

最後の最後で、一応自分がぎりぎり理解できる範囲で話は着地した。こういう話を書けるというのは筒井康隆しかいないのではないだろうか。

昨日は22時過ぎに寝た。メンデルスゾーンのオラトリオ「エリヤ」を聴きながら寝た。「エリヤ」は大学の2回生の時に3つの大学のジョイントコンサートの合同曲で歌ったのだが、元気の出るいい曲だった。我々は英語版を歌ったがもともとはドイツ語で、昨日私が聴いたのもドイツ語だった。そのおかげか(?)すぐに眠れたような気がする。夜はぐっすり眠れたのだが、今日も朝が起きれない。7時の目覚ましを止めて起きようとしたが動けない。スヌーズにしてあるので5分ごとに鳴るのだが、今度こそ起きよう、今度こそ起きようと思って止めるが起きれない。結局9時10分に起きた。どうして起きれないんだろう。しくしく。

そして午前中はずっと横になっていた。どうも調子が良くならない。11時半くらいに起きてちょっと早い昼食を食べた。今日は13時から福祉施設で面談なのだが、一番暑い時間帯に家を出ないといけないので憂鬱だった。ご飯を食べたあと、のろのろと準備をする。12時半くらいに家を出て、少し早めに某福祉施設に着いた。

13時になるまでフリースペースで時間をつぶしていた。13時になってそろそろかな、と思ったら私の担当でない職員と他の人がミーティングスペースに入っていった。あれ?と思ったら担当職員に「はまーさん、今日は3時からですよね」と声をかけられた。あちゃーやってしもた。コミュニケーションミスだ。私は普段から時刻を24時間表記で言う癖がある。多分職員が「3時から」と言ったのを「13時から」と手帳に書いたかスマホに記録したのだろう(紙の手帳とGoogleカレンダーの二重管理もどうにかしたいな)。「どうします?今からここで2時間待つのもしんどいでしょう」と言われて、それもそうなので、その場で毎回私が作って職員に渡している面談メモを渡して、かいつまんで説明した。20分くらいで大雑把に説明したが、時間を無駄にしてしまった。コミュニケーションは人間関係の基本なのに、こんな初歩的なミスをするとは、とほほ。また仕切り直して8月24日の16時から面談になった。今度はしっかり確認した。

施設を後にしてバスを乗り継ぎ、図書館へ行って本を返した。もう借りても今週中に読める自信はないし、返しに行く自信もないから借りるのはやめようかと思ったが、読めなかったら読めなかったでいい。返すのも2週間以内に返せばいいし、予約が入ってない本なら延長もできる。作業所の帰りでなくても土日に返せばいい、そう思って借りた。検索機に自分のIDを打ち込んで自分の予約リストを表示し、どれがいいか物色。人気がありそうな本はやはり貸し出し中。1冊だけ借りた。

筒井康隆「モナドの領域」

筒井康隆「モナドの領域」

あまり厚くない本だから読めるかな。今朝とか昨日みたいな寝たきりだとちと苦しいかもな。帰りはいつもの公園の脇道を通って帰ってきた。こっちの道のほうが少しは涼しい。

公園の道

夕方、先日Amazonで衝動買いした本が届いていた。

ちょっとだけこっそり素早く言い返す技術

ゆうきゆう「ちょっとだけこっそり素早く言い返す技術」

最近この本のマンガ版が出版されたらしく、それをFacebookで誰かが紹介していた。ちょっとだけ中身が見れたので見てみたら、けっこうおもしろそうだった。マンガ版というからには元の本があるだろうと思って探したら、当然あった。自分は「言い返す」というのが下手である。自分の言いたいことを言えずに、遠慮してしまったり丸め込まれてしまったりすることが多い。私の課題の一つが「セルフアドボカシー」、つまり自分の言いたいことはちゃんと言うということなので、これはちょっと役に立つかも、と思ってポチってしまった。普通の本なら図書館から借りて読めばいいが、こういう本は手元にお守り代わりに持っておいて読み返したい。何もかもテクニックに頼ればいいというわけではないが、ハウツーやらテクニックもまた時には必要だろう。著者が「マンガで分かる心療内科」のゆうきゆう氏というのも面白そうだと思った理由のひとつである。あのマンガもおもしろい。

まあとりあえず借りてきた本から読んでいる。ミステリーなんだかSFなんだかオカルトなんだかよくわからない。読んでるとどんどんおかしな世界にはまりこんでいくのだが、筒井康隆は思いつきで書いてるのだろうか?という感じだ。

昨日は22時過ぎに寝た。スウェーデンの合唱曲集を聴いていたらすやすや寝てしまったようだ。スウェーデンは合唱大国である。このCDの1曲目に収録されているAlfvénの「Aftonen」は、昔男声合唱版を歌ったことがあるが、めっちゃ美しい曲である。あまりにも美しいから、The Real Group版を貼っておこう。

夜中もすやすや眠れたが、今日も朝がぜんぜん動けない。9時10分になってやっとなんとか起きたが、つらい。つらすぎる。これはなんとかならんものか。朝方目が覚めた時に「冷房が寒い寒い、布団がもう1枚ほしい」と思ったのだが、エアコンを切ればよかった。

午前中に図書館に行くのが今日の目標だったのだが、なんだか動けない。しんどい。朝からめちゃめちゃ暑いというのもあるが、自分の状態もよくない。ちょっとだけ妻のお手伝いでキッチンと廊下にクイックルワイパーをかけただけでよけいにしんどくなってしまった。結局11時過ぎに寝室に冷房を入れて横になった。掃除を手伝っただけで消耗したというより、昨日外出して30分くらい歩いたのが、想像以上に体にダメージを与えていたのか。

昼食後、また寝室に籠もり、横になって音楽を聴きながらスマホでSNSチェック。Facebookでは相変わらず変な広告が出てくる。この「Wish」てのはなんなんだ。多分中国の会社なんだろうけど、興味本位でアクセスしたらまた大量に変な広告が表示されそうなので我慢している。

変な広告

変な広告

変な広告

横になりながら、面接なんて久しぶりだからマナーでもチェックしとくか、と思ってスマホを見る。「面接官の本音」みたいなページがあって読んでると「にんにく臭い…。お昼は中華だったのか?」というのがあって、おおこれは気をつけなければ、と気づく。私は外食から帰ってきたら妻によく「にんにく臭い」と言われるのだ。マスクをつけてると大丈夫かもしれないが、念には念を入れないといけない。面接は昼過ぎだがお昼ご飯には気をつけよう。リモートでは不要な心配である。

結局夜まで横になって過ごした。明日は13時から利用している福祉施設で面談だ。思い切り暑い時間帯だが、行けるのか?その後図書館に行きたいのだが、坂を登って下って登って下って登って下って35分くらい歩かないといけない。どこにも日陰はない。死ぬな。