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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

月別アーカイブ: 2020年3月

今日も一日中忙しい。

調べて調べて調べて、

解約やら退会の電話をかけまくって、

えっと、この連絡先がわからない。契約書類やら入会書類やら見あたらない。

故人の引き出しを漁ったりPCのファイルを調べたりするのは気持ちがいいものではないな。

見られたら恥ずかしいものは残せない。

終活大事。

体調は限界を超えているような気がする。

顔の皮膚感覚が鈍い。アトピーがひどくなりかけてるのか。

持ってきている薬は一週間分。あさっての土曜日には横浜に戻らなくては。月曜日は通院だ。

その後また大阪に来る必要があるかはわからない。しかし兄も弟も当然仕事を抱えていて忙しい。作業所なんていくら休んでも支障はないので一番自分が時間があるのだが、なんせ遠いし交通費もかかる。

ゆっくりやればいいのだが、そうもいかない事情がいろいろあって困った。

なんとかなるかなあ、というかなんとかしないとなあ。

やらないといけないことばかり、調べることばかり。

はあ疲れた。

何を調べないといけないかを調べないといけないかを調べないといけないかを(以下略)

葬儀終了。

怒濤のような、現実感のない数日が続く。疲労もピークだ。

家族葬にしたが、それでもどうしても、という方を含めてこじんまりとやった。

顔の広い人だった。いろいろなところに首を突っ込んでは人の世話を焼いていた。私はその辺りが似たのかも知れない。国会議員2人から弔電が来たのはちょっとびっくり。まともな葬式をしていたら何百人来ていたかわからない。

合掌。

体調が回復したのはよかったけど。

頭を下げるの疲れた。

明日は葬式だ。

枚方の病院に着いたのが14時くらい。

それから1時間40分くらいで父は亡くなった。

母の時には誰も間に合わなかったが、今回は自分たち子どもとその奥さん、孫たちに囲まれて旅立った。

最後に姪(弟の娘)が「おじいちゃんへの手紙」を泣きながら読んでいた。おそらくその途中で逝ったと思う。

みんな揃うまでよく待っててくれた。

お父さん、ありがとう。