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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

月別アーカイブ: 2007年1月

昨日は23時頃に寝たが、やはりまたまた眠れない。0時過ぎまで布団の中にいたが、あきらめて起きてきて追加眠剤を飲んだ。そしてPCに向かって、1時半くらいにようやく眠たくなってきたので寝た。朝は10時に妻に起こされたが動けず。かろうじて妻が持ってきてくれた薬を飲んだ。やっと起きたのは12時前だった。

しんどくて夕方まで寝ていた。今日は妻が休みだったので夕食を作ってくれた。夜になっても元気になった、というレベルまでいかない。横になってぼんやりテレビを観ていた。明日は外に出られるだろうか。

昨日は23時前に寝た。しかし、眠れない。昼間に寝てしまったのがいけなかったのか。しかし、昼間は立っているのも辛いほどしんどかったので横になってしまい、それはそれでしかたがなかった。それで夜は眠れない。頭の中をぐるぐると悪い考えばかりが巡り巡る。

今から2年ほど前、毎日毎日どうやって死のうか考えていた時期があった。それから自分にあった安定剤に出会い、その押しつぶされそうな希死念慮を伴う不安はなくなったのに、またそれが復活しつつある。早めに入院した方がいいのだろうか。

0時を過ぎても眠れないので、いったん起きて追加眠剤を飲み、PCに向かう。明日になるのが怖い。このまま地球が爆発して何もかもなくなってしまえばいいのに。自分の存在が消えてしまって、自分がはじめから存在しなかったように世界が変わってしまえばいいのに。そんな感情を供にして何かにおびえながら、何かから逃げ出したいけど逃げ出せずにぶるぶる震えているような、そんな恐怖が自分を襲う。

昔、調子が悪いのに無理やり会社に行っていた頃を思い出す。朝が特にしんどいこの病気は、朝早く出勤することが何よりもつらい。当然会社に来るのが昼前になったり、ということは日常茶飯事で、まだうつ病という病気も社会的に広く認知されてなかった10年近く前、「また重役出勤かよ」と嫌味を言われることもあった。こんなに辛いのに、精一杯がんばって起きて這うような思いで会社に行ってるのに、そんなことを言われたらやりきれない。会社へ行く億劫さが増す中、無理やり起きて通勤して、立っているのも辛くて何もかも捨てて逃げ出したい時、そこが歩道橋だったり駅のホームだったりすると、「楽になれる場所への道がここに大きな口をぽっかり開けて待っている」そんな気がしてふらふらっと吸い込まれそうになる。いや、飛び降りたことはない。でも歩道橋から飛び降りそうになったことは一度だけある。入院前のことだった。

ちなみに今のこの文章は、0時20分頃書いている。まだ寝る前の、眠れない時間に書いている。この時間はこんな不安で押しつぶされそうになっているのだが、どこかにそれを吐き出すことによって少しでも不安が軽くなればいいのに。そんな淡い期待を抱きつつ、今年は生きて新しい年を迎えられたが、来年は無理だろうなあ、そんな絶望感が自分を覆っている。それを洗いざらい書いてしまおうとしているが、支離滅裂だ。今の精神状態では、油断したらどこかに飛び込みかねない。

どうやら入院した方がよさそうな気がしてきた。とりあえず来週の診察まで様子を見て、それから主治医に相談しよう。

そして2時頃再び寝て、11時40分頃に起きた。起きるのもどんどん遅くなる。またしても負のスパイラルだ。起きたものの気力はない。やらないといけないことは色々ある。夕食の買い物にも行かないといけないし、年賀状の返事も出さないといけないし、生活費を銀行からおろして、あと健康保険料と市民税を払いにいかなくては。

しかし、なかなか動き出せない。16時をまわってからようやく外に出て、チャリで商店街まで行った。銀行でお金をおろしたはいいが、健康保険料と市民税の払込票を忘れてしまった。しょぼ〜ん。スーパーで夕食の材料を買って、えっちらおっちら坂を上って帰ってきたが、帰ってきたときには疲れ果てて、もう夕食を作る気力はなくなっていた。

妻が疲れて帰ってきた。忙しくてみんな残業していたが、妻も疲れていたのでそそくさと帰ってきたらしい。二人して調子を崩すとやばいのだが、これも負のスパイラルか。夕食を作ってないので近所のラーメン屋に行ったら、ラーメン全品が値上げされていた。しかもメンバーズカードを見せればラーメン大盛りなどのサービスがあったのに、そのサービスも打ち切られていた。この店、大丈夫かなあ。このラーメン屋がうちの近所で唯一まともな食い物屋なのに。もしここが閉店してしまったら、今日のように2人とも調子が悪いときなんかに困ってしまう。大打撃だ。味はかなりうまいのだが、いかんせん場所が悪いなあ。国道沿いにあるのに駐車場もないとは。なんとか生き残ってくれ。自分と一緒に。

昨日は21時45分と早めに就寝。しようとしたが眠れず。妻は今日から仕事なので、早々に寝たから私も一緒に寝たのだが、眠れない。1時間くらい経ってから起きてきて、眠くなるまでPCでゲームしてたら0時くらいになってしまった。それからすぐに眠れたが、朝は起きれない。気がつくと11時を過ぎていた。なんでこんなに遅くまで動けないんだ。

しばらく起きてPCに向かっていたが、しんどい。正直しんどい。13時半か14時前だろうか、また布団に潜り込んで15時半まで寝てしまった。たくさん夢を見た気がする。眠りが浅い証拠だ。これだけ寝てしまうのは、やはり調子がどんどん悪くなっている証拠だ。

そう言えば今年は1日2日と年賀状は来たものの、いつもより少ないなあと思っていたのだが、今日になってどっと来た。なんでだろう。みんな出すのが遅くなっているのか、郵便事情によるものなのか。出してない知人から来ていたので一応返事を書いたのだが、出しに行けなかった。今日が4日だから明日出したとしても、着くのは6日とか7日になってしまう。まあいいや。

なんとか夕食のウィンナー鍋を作って頂き物のハムを焼いて、一人で食べた。妻は新年早々残業らしい。私が調子が悪くて妻が忙しいと、ちょっと嫌なパターンだ。これでもうちょっと私が元気で、せめて買い物でも行けたらいいのだが、食材ももうなくなってきた。明日はもう少し調子がよくなっているといいのだが。

昨日は22時頃、最近にしては早く寝た。夜中目が覚めて喉が渇いたので牛乳を飲んだが、よく眠れたと思う。6時半に目が覚め、起きようとしたがまあいいやと思ったのか、動けなかったのか忘れたが、また寝てしまった。それから1時間おきくらいに目が覚めたがなかなか起きれず、結局起きたのは10時半。えらくたくさん寝てしまった。やはり疲れが残っていたのだろうか。

今日は一日ごろごろしてテレビを観たりして過ごした。昼寝もしてしまった。妻は明日から仕事だ。と言っても2日行ったらまた3連休らしいが。私の連休はいつ終わるのやら。

昨日は23時頃寝た。寝つくのにちょっと時間がかかって、昼間寝てしまったから眠れないのかなあ、と思ったが無事眠れて朝になった。今日ははなっから早起きする気はなく、妻も朝寝坊。9時半を過ぎてから布団から出ずに二人で話をしていたら、10時頃玄関のチャイムが鳴った。慌てて寝まきのまま2人で出て行くと大家さんが年賀の挨拶に来て鳩サブレを持ってきた。いや、慌てたよ。起きっぱなで寝まき姿のまま、しどろもどろな挨拶を交わした後、しまった本来ならこっちから挨拶に行くべきだったのに、と思って、どうしようかなあと悩む。お年賀のお返しというのも変だが、何もしないというわけにはいかん。

とりあえず、体調もいいので妻と一緒に毎年恒例の弘明寺へ初詣に行き、帰りにお年賀の品を買ってくることにした。バスと地下鉄を乗り継いで、身代わり地蔵で有名な弘明寺へ。お参りをしてからおみくじをひいたら、

新年早々きついがな…。

そしておみくじに書いてあった文章。おみくじはその場で結んでいくので、文面を携帯のカメラで記録しておいた。

船に乗ってみたものの、いくら待ってもほどよい風が吹いてはくれない。
加うるになぜか月の光も、もうろうとしていて暗く、たよりにならない。
仕方がないから、車に乗り替えて行こうといういう(原文まま)ことにしたものの
山はいたずらに高く、しかも重なり合っていて、進むことをこばんでしまう。

○天地自然を尊んで時の来るのを待てば吉
○病気はなかなか治らないが、焦らず根気よく養生すれば快方に向かう
○喜び事はひかえ目にする方がよい
○失い物はすぐに出ない 苦労したあとに出る
○待人は来ない 途中で支障があったとしても 身の危険があるというのではない
○訴訟はよくない
○家の建築には、地鎮祭を必ず行うこと
○結婚などの行事は悪い
○旅行も順調ではない
○争い事、勝負事は勝目なし

なんかさんざんである。とほほほほ。まあ、焦らず根気よく養生して快方に向かうのを待ちつつ、天地自然に尊んで時の来るのを待つとするか。とにかく今年は「待て」らしい。

その後、上大岡に移動して昼食を食べ、大家さんへのお年賀の品を買ってからヨドバシを少しうろうろして、ユニクロでセールの「起毛ハイネックTシャツ690円」を3着買った。TシャツもXLじゃないときついのに、今持っている長袖Tシャツは半分くらいLサイズで、しかも少し縮んでいたりするのもあるのを無理やり着ている。やっぱ買い直しなのだ。先日買ったこのTシャツがとても着心地が良かったので、同じやつの色違いを買っておいた。ユニクロは庶民の味方だ。

家に帰って来てから、とりあえず改めて大家さんの家を訪ねたが不在。そのまま夕方になって夜になってしまった。夕方以降にまた訪ねれば良かったが、気がついたときにはもう部屋着になっていて、なんだか疲れてしまってまったりしていたので、まあいいや明日で、ということにしてしまった。いいのかなあ。来年はちゃんと先にご挨拶に行かねば。