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鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

月別アーカイブ: 2006年8月

昨日は夕方から用事ができて遅くなってしまい、23時45分頃寝た。もちろんデパスも飲んだ。これで寝つけるかと思いきや…、そうは問屋が卸さない。昨日はいっぱい考え事や心配事がありすぎて、デパスでは追いつけないのか、寝ようとしてもあれはどうしよう、これはどうしようと頭に次から次へと心配事が襲ってくる。デパスも私の悩み事にはかなわないのか。

1時間半にセットしていた扇風機のタイマーが切れて、ありゃそんなに時間が経ったのか、と思っていったん起きた。デパスは1日3mgまでなので、もう1錠飲んでもよさそうだが、あまり時間をあけずに飲むのは血中濃度が上がってあまりよくはない。とりあえずいつもの追加眠剤を飲んでみた。

それから、悩み事はとにかく外に出して整理してみればいい、と思ってPCに向かい、とにかくば〜っと頭の中でぐるぐるまわっていることを書き出してみた。少しはすっきりしたかもしれない。体調を回復させるには、いったい今何をすればいいのだろう。そして貯金が底をついたら、自分と彼女はどうやって生きていったらいいのだろう。

考えても結論は出ないのでそこはとりあえず置いておく。まずはもう少し安定したら働くことだ。その「働く」というのが精神障害者にとっても狭き門。どういう仕事があるか、就職するのにどういう手段があるか、いろいろ具体的に書き出してみた。

そもそも自分はSEだった。今も今後もそのつもりだった。ずっとそれにこだわってきた。またエンジニアとして頑張りたいと思って、新しい知識や技術を身につけないと、と思って、LinuxをインストールしていじくったりPHPを勉強してみたり、つい最近までそんなことをやっていた。

しかし、IT業界は多少差はあってもどこへ行ったって厳しい。どこへ行ったって、エンジニアとして働くのであれば、過酷な労働環境は覚悟しないといけない。しかし、それは自分にとって身の破滅につながる。私は考えた。どうやって生きていったらいいか。

「細く長く」

それが自分の今のキーワードである。去年一時的に回復して、毎日会社に行っていた頃。そのときは1日7時間半の労働だったが、仕事の内容としては、やはりエンジニアというのは厳しい。明日までにこれを調べて資料を作って、チームの人や協力会社の人とのミーティングをセッティングして、やることは山のようにあって、そして調整調整また調整、まあきりがないのだが、とにかくストレスがかなり溜まる仕事である。そして時間では区切れないところがある。

「細く長く」

これを考えると、もっともっとハードルを下げないといけない。そう考えると、まだまだプライドにしばられていた自分がいることに気がついた。そしてたどり着いた選択肢の一つが、

「エンジニアとしての仕事はストレスが大きすぎるし、時間も不規則だったりするので、それはあきらめる。9時−17時の派遣社員で、一般事務やOA業務、または入力などのルーチンワーク」

である。とにかく時間を区切らなければ。だから残業はしない。定時で必ず帰れる仕事。半ば正社員などになると、残業はしません、というのは通用しない。だからあえて派遣社員。それも、少なくともSEよりは(多分)ストレスの少ない簡単な仕事。給料は少ないかもしれないが、彼女と2人で細々と生活できればそれでいい。

他にも仕事はいくらでもあるが、とりあえずこういう方向で考えるようにしよう。自分としてはハードルをだいぶ下げたつもりだ。昨日の夜は、じゃあ派遣会社に潜り込む(?)にはどういう方法があるだろう、というのをリストアップしていた。

精神障害者が就職活動するとき、病気のことを面接で話して入ることを「オープン」、隠して入ることを「クローズ」という呼び方をする。もちろんクローズの方が入りやすい。というかオープンにした時点で相当狭き門になる。精神障害者をわざわざ雇う会社はなかなかない。

しかし、私はできるだけオープンで行きたい。もちろん職にありつくのは厳しくなる。いくら学歴や職歴が立派でも、そういう病歴があって、現在も通院中だ、と言うとどこの会社も「それではちょっと…」と言うことになる。そもそも私の学歴と職歴で、上に書いたような仕事を希望する時点で、どこの会社の人間でも「こいつ、何かあるな」と、すぐばれることだと思うのだ。人事部の人間の目は鋭い。

とにかく、私はこの病気とずっとつきあっていくつもりである。完璧に治そうと思っていないし、治ると思っていない。完璧はないのだ。たとえ病状が安定しても、いつまたぶり返すかわからない。そう、去年のように。

だけど、この病気とずっとつきあっていくには、自分だけでなく、私を取り巻く他の人たち、そして社会全体が一緒につきあっていってもらうことが必要不可欠である。病気のことを隠してがんばるのでなく、こういう病気なので無理はできないけど、できる範囲のことをやらせてください、それを理解してくれる環境であり、会社でないと続けていけないだろう。

「細く長く」

コネも含めて仕事を探す方法についてあれこれ書いていて、障害者向けの就職サイトを検索して見つけ、読んでいると2時くらいに。あれあれ、またこんな時間か、やばいと思って寝た。今度は眠れた。

そして朝は7時過ぎに自然に起床。割と調子がいい。最近朝が調子がいい。朝の調子というのが私にとって一番のバロメータなので、これはいい傾向である。

しかし、午前中にPCでAccessで適当なアプリを作っているうちに寝てしまった。起きたら11時40分。何時から寝ていたんだろう。

実はAccessは昨日から触り始めた。会社ではAccessでの開発経験はないのだ。OfficeのPersonal Editionには入ってないこのソフト、Accessくらい当たり前のように使えなきゃ、と思ってずいぶん前に買ったものだった。しかし、買っただけの状態になって埃をかぶってた。上に書いたように一般事務やOA業務とか、そっちに方向転換するなら、PHPとかやってるより、Excelを小さな小技まで使い倒せるとか、Accessでちょこっとしたものでも作れた方がいいよな、そう思ったのだ。

しかし、まあとにかく見よう見まねでやってみるか、と思ったけど、う〜ん、なかなか思うようにいかない。オンラインヘルプも便利そうなのだが、閲覧性にかけるし、やっぱ何か一冊本を買ってきてやってみるか。

と言うわけで昼過ぎに家を出て横浜へ。昼飯を食べた後、まずはダイソーでお買い物。欲しいものが2つあったのだが、1つがいくら探しても見あたらない。しかたがないからあきらめたが、でも他に予定外の商品を3ち買ってしまった。100均には気をつけなければ。

その後、ヨドバシの書籍コーナーに行って、Accessの本を1冊、Excelの本を2冊買った。それからぶらぶらしたり散髪に行ったりして、夕方帰宅。今日はけっこう動いた。それにしてもめちゃくちゃ長い日記になってしまった。最後まで読んでくれた人に感謝。

昨日は22時前に就寝。なんだか疲れていて眠たかったから早く寝たのだ。そう眠たかったから…。しかぁし、眠剤をん飲んで横になっても、やっぱ眠れないではないか。う〜ん、あまのじゃくな自分の体。

ふと思った。私は昔から寝るときに、空想癖とでも言うのだろうか、なんだかんだ考え事をしてしまう癖がある。自動思考と言うのだろうか、勝手にあれこれ頭に浮かんでくるのだ。それで昔から寝つきは悪い。病気になる前でも、寝つくのに1時間とか、長いと3時間かかったりしたものだ。あれは中学生の頃から既にそうだった。

眠剤がよく効いて寝つきの良かった頃は、そういう自動思考は起きなかった。しかし、今はまた横になるとなんだかんだ考えてしまう。そして勝手に不安になったりする。

自分なりに考えてみた。

「デパスが足りないんじゃないか?」

私は長いトンネルを去年いったん抜け、会社に復帰した。そのきっかけとなったのはデパスである。超メジャーなこの薬を私は発病からそれまで一度も処方されたことがなかった。デパスを飲むと、不安がなくなった「ようし大丈夫だ」そう言う自分がいた。

先月か先々月くらいからか、昼間寝てしまう、という話を主治医にしてからデパスの量が1mgから0.5mgに減らされている。デパスは眠気を誘う作用もあるので眠剤としても使われるくらいだからだ。しかも即効性があるから、眠くなるのを防ぐためにがばがば緑茶を飲んでいるのである。

それに、デパスを朝昼晩と服用していたのに、朝と昼だけになって、夕食後はデパスのかわりにメイラックスという安定剤に変わっている。こちらの方が効き目が穏やかだから、夕食後に飲めばちょうど寝る頃くらいに睡眠導入剤として効いてくるかも、という。しかし主治医の思惑通りにはいってない。

自分なりに考えてみた。

「つまり、寝る前にデパスを飲めばいいのでは?」

デパスが眠剤の代わりにもなるし即効性があるし、安定剤として自分に一番あっている薬で、寝る前にあれこれ不安なことが頭をよぎることもなくなるかもしれない。そう思った私は、いったん起きて多少残っている1mgのデパスを飲んでみた。そして横になった。

見事に眠れたよ。

暑くて夜中何度も目が覚めたが、寝つけたのだ。そして朝は7時10分に起床。これはちょっと頑張って起きた。ゴミの回収がプラの日なので、持って行ってしまうのが早いのだ。えいやっと起きてゴミを出した。調子は悪くない。ただ今7時40分。

しかし、9時半頃になって眠たくなってきた。う〜、やはり本調子ではない。ちゃんと寝たような気がしても、夜中に何度も目が覚めたから寝不足なのだろうか。

それでもまあ、寝ることはなく一日は過ぎていった。え〜とただ今22時40分。夕方から用事ができて遅くなったから今日はこれだけにしておこう。ちょっと疲れた。単なる睡眠日記だが、この日記の目的の一つが病状の記録だから、まあそれでもいいや。一日何をやったか完璧に書く必要はないのだ。

昨日は22時半頃就寝。眠剤が変わってはたして眠れるか、どうだろう。結果は、いつもと変わらなかった。横になって1時間、眠気が来ないのでしかたがなく起きて追加眠剤を飲んだ。

その後、ベーシック認証を用いたアクセス制限つきのサンプルページを作ったりしていた。知人から昨日電話で「限られた人しか見れないホームページを作りたいんだけど」ということを相談されていたので、電話越しであれこれ聞いてみたが、何をやりたいのかいまいち要領を得ない。あまりこの方面は詳しくないようで、コンテンツがスタティックなもので共通のユーザ名、パスワードでいいのだったらベーシック認証で簡単に済む。なのでちょっとそのサンプルページを作って、こういうのがやりたいの?と聞いてみる。

内容がスタティックなものでも、共通のユーザやパスワードにせず、オンラインで入会、退会をするとかなると話はややこしくなってくる。要はJavaScriptなどでクライアントサイドで処理できるものならともかく、フォーム一個使った時点でサーバサイドでの処理が必要になる。そうなるとプロバイダの提供しているWebスペースなどでなく、レンタルサーバなどのCGIなりPHPなり使えるサーバでないといけない。しかしどういうコンテンツなのか、話してもよくわからない。

ということで、サンプルページを作っているうちに1時くらいになってしまい、あああまた今日もだよ、と思って寝た。眠れないな〜と思っているうちに眠ってしまった。

そして朝、起きたのは7時20分。割と頭もスッキリしている。おお、寝つきは悪いが朝は前よりよくなった。少しは薬を変えた効果があったようだ。そして午前中はいろいろ電話したり、なんだかんだして過ぎた。割と調子がいい。

調子がよくて早く起きると、午前というのはこんなに長いのか、と思う。結局部屋の掃除をしたりした他、だらだら過ごしたのだが。調子がよくなったと思って急に飛ばすと必ず反動が来る。慎重に行こう。

少しでも支出を切り詰めるために生命保険の減額をすることにし、私の担当のおばちゃん、もといニッ○イレディに電話した。もうけっこうなお歳のはずだが、マイペースで押しの強い女性である。前の会社にいたときから何度もお世話になっており、3回も入院給付金を受け取っているので、私の病気のことも知っているし、私が入院していた病院のことも知っている。知人のお見舞いに行ったことがあるらしく「あそこはいい病院よねえ、環境がよくて」と言っていた。

しかしながらうつ病に関してはあまりご存じないようで、電話の最後に「気持ちの問題なんだから、頑張って病気を治しなさいよ」と言われた。それは言ってはいけない言葉でしょう、の見本みたいな一言である。まあいいけどね。

昼過ぎ、バイトが休みの彼女と一緒に彼女の実家へ。お姉さんも仕事が休みなので、遊びに行っていろいろ話をした。お姉さんの娘(彼女の姪)の友達も来ていて賑やかだった。夕方になって帰宅し、ぬるぬると過ごす。夜になるとちょっと眠たくなってきたよ。やっぱ寝不足かな。

昨日は女子バレーのロシア戦が22時から始まった。今日も遅くなってしまうなあ、と思っていたが、1セットを取られた22時40分に、どうせ録画だろうしもう結果は出てるだろうと思い、ネットで結果を見たら0−3で負けていたので、観るのをやめてさっさと寝た。

しかし、やっぱり眠れない。1時間くらい経って起きて追加眠剤を飲み、PCでゲームをやって眠気が来るのを待つ。寝たのは1時半か2時くらいだったろうか。

朝は8時半くらいに何とか起きようとしたが、動けない。彼女と一緒に朝いちで区役所に行かなければならなかったが、結局一人で行ってもらった。彼女は住民票を実家のままにしていたのだが、それではちょっと不都合がでてきたので、ちゃんと今住んでいる住所に移すことにしたのだ。

住民票を移すのは彼女だが、籍は入れてないけど事実上婚姻関係にある「事実婚」の場合、法的には家族ではないけど一つの世帯ということになるのか、同じ住所で別々の世帯になるのか、いろいろ気になることがあるので着いていこうとしたのだ。彼女の実家の方で8月中にしないといけない手続きがあり、今日の午前中に行くしかなかったのだが、行けなかった。なんとか起きたけど、動けなかった。

彼女から何回も電話がかかってきた。最初は「世帯をわけることもできるし同じにすることもできるらしいけど、どうしよう」とのことで、事実婚の状態なので世帯を一つにしてもらうように、と話す。その後で「健康保険が一緒になるんだって」とか電話がかかって来た。え、そうなのか。そうか、世帯が一つになるということはそういうことか。しかし、私の場合、健康保険料については減免の申請をして、毎月は暫定額を払うことになっている、という状態。どうなるの?

結局9時半頃だったろうか。私が行かなくてはわからないので、まだしんどいが無理やり外へ出て自転車で区役所へ。区役所まではほとんど下り坂なのでなんとかたどり着いた。
そこでなんだかんだ手続きをやって帰ってきた。健康保険料はとりあえず暫定額を毎月支払って12月に精算、ということでいいのだが、減免される額は減るかも、と言われた。彼女の収入が合算されるからだ。これはまあ、いたしかたない。

それにしても、午前中でまだしんどいのに無理やり外に出て動いたから、めちゃくちゃしんどい。帰ってきたのは11時過ぎだったが、もう全身だるくてたまらない。調子が悪いときは無理しちゃいかんなあ。今日はいたしかたがなかったが。

そして午前中に無理をしたせいか、午後も調子が悪い。しかし今日は通院日。先週は病院が夏休みだったので3週間ぶりだ。16時前に家を出て、16時50分頃に病院に到着。夏休み明けなので混んでるだろうな、と思ったら案の定である。待てども待てども呼ばれない。結局名前を呼ばれたのが19時頃。17時の予約なのになあ、こればっかりは皆平等なのでしかたがない。

最近ずっと不安定で調子が悪く、特に夜になかなか寝つけなくて、朝も遅いということなどを話した。寝る前の薬を変えてみることになった。ハルシオン2錠が1錠に減り、アモバンとレスリンが増えた。寝つきが悪いのに超短期型のハルシオンを減らすというのは、つまり効かなくなってるから増やしてもしかたがないし、ということか。それならいっそ中止してもいいような気もするが、まあいいや。

会計で待って、薬局でも待って、夕食を食べて帰ってきたら20時半である。もうくたくただよ。今日は疲れた。

昨日は女子バレーの韓国戦を観て、それから隣の部屋へアンテナ線を引き込む方法について、いろいろ調べたり考えたりしていたら1時になってしまい、後ろ髪引かれる思いで寝た。夜はぐっすり眠れたようだが早起きはできない。9時過ぎに起きたが、午前中の調子はわりといい。

昼頃にヨドバシに行って、隣の部屋でテレビを観るために必要なものを買いに行く。いろいろ調べたが、金を出せばロケーションフリーだの何だの、ネットワークで無線LANを利用して、受信したTV番組を飛ばす機械はあるにはある。しかし、そんなものは高額である。結局一番原始的な方法を選択。常時接続でなくていいので、結局隣の部屋でテレビを観たいときだけ、分配機から長い同軸ケーブルを引っ張って接続することにした。

とは言え、壁の狭いテレビ端子のところでプラグを抜き差しするのはけっこう面倒。と言うことで、分配機からまずテレビラックの裏を通ったところまで、、短いケーブルを出し、その先にはケーブルを継ぎ足せるようにコネクタをつけておく。普段はその状態にしておき、隣の部屋でテレビを観るときだけ長いケーブルをコネクタに接続し、ゆるゆると隣の部屋まで引っ張ってきてキャプチャBOXに接続、という方式にした。

必要なもの一式を買ってきて、さっそく家で実験開始。無事、隣の部屋でテレビが観れるようになった。まあこれでいいか。もしかすると画質が劣化してブースターが必要になるかも、と思っていたが、特に画質の劣化もなく普通に試聴できる。いちいちケーブルを引っ張るのはめんどうだが、2人ともリアルタイムで違う番組を観たいということはそんなにないので、まあいいだろう。

そういや横浜からの帰り、東口バスターミナルへ行く途中、ポルタの飲食店街がめちゃくちゃ並んでいた。あれはみんな横浜ベイクォーターを見に来て、でもその中で食べると高くつくから、と言うのでポルタに流れてきたに違いない。ベイクォーターは私も行ってみたいと思っていたが、ネットの情報を見ていると「男は行ってもつまらん」らしい。とは言え、まあ今度彼女と行ってみよう。