TOPに戻る
鬱るんです
躁鬱病のITエンジニア「はまー」が心と体の模様を記した雑記帳。 大手IT企業で心身ともにぼろぼろになり退職した後、ほそぼそと働いたり事業を立ち上げようとして頓挫したり、作業所に通ったり障害者雇用で働いたりと紆余曲折したが、今は無職な毎日。

日別アーカイブ:2001年8月14日

昨日は久々にぐっすり眠れた。といっても夜中に3回目が覚めたが。(0:30,2:30,3:30。昨日Tちゃんに持ってきてもらった時計がとっても役立っている)でも、寝つきはよかったし、中途覚醒したものの熟睡感はあったので、朝4:30に起きて頭がすっきり。

喫煙所に行くと、そんな時間でも6,7人が集まっていたので、しばし小声でおしゃべり。リストカットを繰り返しているTさんは摂食障害だそうだ。最初は過食症で、食べては吐き食べては吐きの連続だったのが、今度は拒食症になっているとか。うつも少し入っているという。

リストカットは不安から逃れるために自分に傷をつける、それで自分の不安をまぎらす、ということらしく、決して希死念慮があるわけではないとのこと。一種の依存症なのだろう。ときどきうずくまって動けなくなるのは、拒食のために体力がかなり落ちていて、めまいがするためだと言う。ものすごく細い体をしている。世の中の女性が「ダイエットだ」とか言ってる今日この頃、こういう女性もいるんだ。というか、過度のダイエットからこの種の病気になることはあるそうだ。

朝6:30から毎朝生ラジオにあわせてラジオ体操なのだが、最近では最初に「全国のみなさん、会場のみなさん、そして海外でラジオをお聞きのみなさん、おはようございます」と言う。「海外で…」なんて昔は言ってなかったけどなあ。そもそもわざわざ海外からラジオ体操を聞いている人なんているのか?それに海外だと「おはようございます」じゃないかもしれないだろ。私はラジオ体操は無視して、スポーツジムでインストラクターから指導を受けて習ったストレッチと、整形外科で腰痛防止のために習った体操をやっている。

今まで勘違いしていたが、「クラブ活動」というのはこの病棟内で自由時間に自分の好きなことをやることで、私がやりたいと思って医師に指示書を出してもらったのは「作業療法」というものらしい。さっそく今日からやりたいので、指示書が出てるか看護士に聞いたら、月曜日からの一週間がワンサイクルで、はじめての人は月曜日に行ってまず見学、ということらしいので、来週の月曜日までお預けらしい。ちと残念だ。作業療法の種類はいろいろあるが、陶芸があるらしいのでやってみたい。

最近は暑いので、朝の散歩もできるだけ早い時間に行きたいところだが、7:30にならないと外に出られない。入り口も施錠してあって鍵がないと中からも開けられないのでこっそり出るわけにも行かない。7:30になるのを待って、いつもの丘へ行く。すでにかなり暑い。今日はオカリナでなく、昨日持ってきてもらった歌集から何曲か歌った。30分くらいで汗だくになったので戻る。日陰の場所があればいいのだが、丘だから周りは雑草くらいしかない。明日はお気に入りのJack Wolfskinの帽子をかぶって行くことにしよう。こんなに暑いと、沢登りで滝をシャワークライムすると、さぞかし気持ちいいだろう。沢登りは山岳活動の中でも私が一番好きなのに、こんな絶好のシーズンにできないのはつらい。

病棟に戻ってテレビを見てると、北アの映像、しかも槍の御来光が写っていた。山岳会の仲間はみんな縦走を楽しんでいるというのに、私も早く山に登りたい。槍も登りたいが、南アもまだ行ったことないので一度行ってみたい。北岳にあこがれていて、一度登りたいと常々思っている。なんせ日本第二の高峰だ。第一はもちろん富士山だが、富士山は私は見る山で、登る山じゃないと思っているので今は登る気はしない。トレーニングのためにそのうち登りに行くと思うが。先月も山岳会の仲間からトレーニングのために日帰りで富士山に行こうと誘われてたのだが、とても山に行ける状態ではなかった。同じ日に近郊の山にボッカ訓練に行った連中もいる。この暑いのにごくろうさんだ。

ホールに行くとIさんがせっせと折り紙で鶴を折っている。自分のために千羽折るのだろうか。

隣のベッドのKさんが2,3日後に退院するそうだ。退院は自分で決めたそうで、理由は十分に回復したからではなく、「これ以上仕事を止められないから」だそうだ。彼は建築事務所を経営している。私のようにある程度の規模の会社で働いていれば、一人くらいいなくなっても何とかなるし、完全な自由業や自営業だと仕事をストップすることもできる。しかし、彼のように十数人レベルの従業員を雇っている身としては、一番つらいところだろう。退院してからも無理して調子を崩さないようにと祈るばかりだ。

今日の午後は外出していたり作業療法へ行っている人が多く、ホールは閑散としている。その一方、平日と言うのに面会の人も普段より多い。どうやらお盆休みで面会に来ている人が多いようだ。

テレビでは相変わらず高校野球をやっている。甲子園は35度だそうだ。ここもかなり暑いので、暇だからといって散歩に出る気もしない。ところで、日本人は野球が好きだ。私は嫌いではないが、見るのはあまり好きなほうではない。なぜかというと、とても間があってかったるいからである。投球と投球の間とか、チェンジのときとか、それからピッチャー交替のときとか。次から次へとピッチャーを変えるようなときは、いいかげんじれったくなる。

部屋に誰もいないので、Tちゃんから借りた歌集をかたっぱしから小さな声で歌ってみる。知らない曲も多いが、ほとんど初見で歌える簡単な曲ばかりだ。結構いい歌が多いじゃないか。全部で202曲入っている。今日は14曲目まで制覇した。

16:00前にTちゃんから電話。今日は歌の仲間で近くに海水浴に来ていて、これからみんなで行ってもいいか、という。もちろんOKだ。ほんとは私も誘われていて、わざわざこの病院の近くを選んでくれたのだが、外出許可がやっと出たところだし、ちょっとまだ海水浴なんかに行けるほどの元気はなかったので結局断ったのだ。

3日外泊していた2つ隣のベッドのKさんが帰ってきた。今回外泊してはじめて鬱の症状が出なかったという。今月いっぱいあたりで退院しようかと思っているらしい。退院してからこの調子が続くか、ぶり返さないか心配だ、と言っていた。それはここにいる人みんなが不安に思っていることなのだ。

Kさんと話をしていて、私の山登りの趣味の話になったとき、調子にのってどんどんしゃべりすぎてしまった。途中で私の話をさえぎって「すみません、ちょっと失礼します」と言ってどこかへ行ってしまった。ああ、相手が自分の話に興味を抱いているかどうかもよく考えずに一方的にしゃべり過ぎてしまった。悪いことしたなあ、と自己嫌悪の念がふつふつと沸きあがってきて消えない。すぐ自己嫌悪に陥るのは昔からの悪い癖だ。鬱のときはそれが特に激しい。気にしないようにしなければ。でも「謝らなきゃ、謝らなきゃ」という自責の念が激しく出てきて、少し鬱が出てきた。やっとの思いで「さっきは一方的にしゃべってすみませんでした」と言うと「躁だったんですよね。病気だからしかがたないですよ。気にしないでください」と言われた。そうだ、あのとき私は躁状態だったのだ。いつもはちゃんと会話のキャッチボールをしているのに。鬱だと自覚症状はあるのに、躁だと自覚症状がなくて周りが見えずに一人で突っ走るので困る。その反動の鬱が今激しくきている。

去年の夏、躁状態が続いていて毎週山登りに行ってた時期に、昨日面会に来てくれたTちゃんに「山登りに行きたいから結婚式の出席キャンセルするよ」と思いきり非常識なメールを出し、その後死ぬほどの自己嫌悪に陥って会社を休んだときの記憶が蘇る。必死の思いでお詫びのメールを書き、電話で謝り、歌の練習の時には花を持っていった。でも、彼女をひどく傷つけてしまった事実は消えない。彼女は私を許してくれた。でもいまだに自分は自分を許せないでいる。

18:00前に歌仲間が面会に来てくれた。ちょっと鬱入ってる状態でタイミングが悪くて申し分けなかったが、来てくれたのが嬉しくて、元気ないながらも話をしていると少し元気が出てきた。なんていうか、自分が正常のときに接している人と話をすることによって、いつもの自分を思いだしてきた、という感じだ。でも連絡会の前に帰ってしまって、連絡会が終わるととても寂しかった。

少し横になっていると、卓球の音が聞こえてきた。「卓球やりたい!」そう思ってマイラケットを持って飛び出していった。やりたいことがやりたい、と思う気持ちが出るならまだ大丈夫だ。元卓球部のS君に勝負を挑む。が、少しまだ調子が悪いので、あまり決まらない。卓球は一瞬の判断力が勝負でものすごく集中するのだが、集中力がにぶっているのだ。でも体を動かしたら少しすっきりした。

就寝前の服薬時に、その日の便通の回数を表に書きこむのだが、3日間ゼロ更新が続いている。もう長い間、便秘と下痢をくり返すというパターンだ。自律神経が完全に狂ってしまってるのだろう。

さて、今夜は眠れるだろうか…。